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2017年1月 1日 (日)

2017年謹賀新年

2017年 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

留学後は、なかなか研究成果を表に出すことができず、いろいろと四苦八苦してきましたが、今年は、これまでの研究成果を発表していきたいと思います。

今年は、「ダイナミック・ケイパビリティ」の年にしたいと思っていますので、みなさん、本年もよろしくお願いいます。

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2016年11月13日 (日)

シュールレアなアパレル産業に向けて

日本のアパレルは弱いといわれている。
 
こうした中、ルイヴィトンを魅了する第一織物社長の考えは、ハイテクではなく、ローテクが必要だという。たとえば、「ポリエステル100%なのに綿のような手触りを持つ生地、麻にしか見えない軽やかな生地など。見え方や質感など、人間の感覚に訴えかける商品」が有望だという。
 
つまり、私の言葉でいえば、こうですね。
「シュールレアリスティックな生地」を目指せ、これである。
 
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/092900020/100700010/?ST=print

2016年10月16日 (日)

PPMとは? ボブデュランの受賞で思い出したこと

 PPMというと、経営学者は、マッキンゼーのプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントを思い出すかもしれない。しかし、僕はピーター・アンド・ポール・アンド・マリーを思い出す。彼らは、ベトナム戦争反対、黒人公民権運動などで揺れる1960年代米国で、ボブデュランとともに活躍したフォークグループだ。

 

 さて、話は変わるが、僕は1980年代、防衛大学校で教えていた。当時、学内で英会話の練習ということで、米軍将校の奥さんを講師に招いて、グループ勉強会が開かれていた。そこで、話されることはたわいもない話題。米軍将校の奥さんたちは、みなきれいで、米軍将校が転勤するたびに、講師の奥さんも変わった。

 

 ある日の英会話。講師の奥さんが「みなさん、どんな曲が好きですか?」という質問からはじまった。各自、無理やり英語の曲を答えた。そして、僕の順番がきた。僕は、当時、たまたまどこかのレコード店で、ある懐かしのカセットテープを購入し、気に入っていのだった。

 

そして、純朴にも、何の配慮もなく、正直にPPMが好きといった。特に、悲惨な戦争(Cruel war)と答えた。そのとき、奥さんは、沈黙した。

 

 今から考えると、これは最悪の答え。何せ、それは反戦歌であり、米軍の存在のみならず、自己否定しているようなものだった・・・・・今となっては、誠にお恥ずかしい話。当時の僕には、英語の歌詞よりも、その曲自体が魅力的だった。まさに、ノンポリ世代。「不思議ちゃん」という感じか。

 

 ネットで、偶然、MMPのマリーが亡くなったという記事を見つけて、ふと思い出した。今はもう昔。

 

 

2016年10月10日 (月)

ノーベル経済学賞:ハートとホルムストローム

 昨年は、まったく知らない人がノーベル経済学賞を受賞していたので、ノベール賞に興ざめしていたが、今年は、オリバー・ハートとホルムストロームの有名人が受賞して良かった。

いずれも契約理論と呼ばれる分野の企業理論の研究者で、受賞して当然という研究者たちである。

 

前者は所有権理論を数理モデル化した研究者であり、ムーアやハロルド・デムセッツにもノーベル賞をあげてほしかった。後者は、初期のエージェンシー理論の数理モデルを展開した研究者である。

 

両者の簡単な説明は、私の教科書に書いてあるので、関心のある人は参考にしてほしい。

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菊澤 研宗: 組織の経済学入門 改訂版

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2016年7月31日 (日)

日本人の世界への挑戦

「Babymetal」、「ポケモンGO」、そして「シン・ゴジラ」。最近の、この一連の流れは、非常に興味深い。感動。感動。

別に、ヘビメタに関心があるわけではない。
まったくゲームにも関心がない。
もちろん、子供の頃ほど、ゴジラにも興味がない。

ただ、いずれも世界に挑戦し、世界を動かしつつある(すでに動かしている)点に、日本人として感動。世界に挑戦することがどれだけ難しいのか。われわれの世代はよく知っている。

2016年6月15日 (水)

日本一の踊り:阿波踊り

 いまから、もう約25年以上も前のことになるが(まだ髪も黒く)、自分にとって最初で最後であった「阿波踊り」を見た。

 はじめは、「盆踊りの大きくしたもの」という偏見があり、まったく関心がなかった。ところが、知り合いの人が、沿道の桟敷でみれる最高の場所のチケットをとってくれたのだ。こうして、しぶしぶ阿波踊りをみることになった。

 ところが、これがすごい。面白い、きれい、とにかく驚きの連続。すばらしいパフォーマンス。芸術に近いと思った。

 その後、青森のねぶたまつり、土佐のよさこい、その他の祭りをみたが、阿波踊り以上のものはなかった。

   その後、縁がなくて、もう25年以上も徳島にはいっていない。いつかまた阿波踊りをみに、徳島に遊びに行きたいものだ。いまは、もっと近代的で華やかになっているのだろうか?

  僕には、こういう経験があるので、いま世界が注目してる「babymetal」の踊りに、阿波踊りが取り入れられていることがすぐにわかった。

2016年4月 3日 (日)

日本の経営学関連学会の今後

 若い時から日本の経営関係学会に参加してきた。そして、いつの間にか、年配というか、年寄になってしまった。気持ちは若いのだが。

 この間、日本の学会も、学会を盛り上げるために、頑張ってきたと思う。一時、欧米の文献研究が中心であったために、実務に役に立たないといわれた。

 これを反省し、学会に実務家を呼ぶようになった。これは、ある程度、効果があったと思う。しかし、やがて、気が付いた。実務家は自分の企業についての話をせずに、一般論を語ることが多いということだ。だから、当然、飽きてくる。

 次に、学会を盛り上げるために、これまでの慣例を破り、若手に登壇の機会を増やし、学会を盛り上げようとした。これも、一時的に効果があった。しかし、やはり若手の議論には限界がある。

 そして、今は無理やりでも英語で報告するような機会を提供したり、女性研究者に登壇してもらったりして、学会を盛り上げている。

 しかし、最近、思うことは、いずれもテクニカルな方法にすぎないのではないかということだ。もうそろそろ、知識と知識、頭脳と頭脳で競うような本当の知的議論をすべきではないか。

 そのために、年配の研究者はもう自分たちの時代ではないといって、手抜きで報告してはならないと思う。あるいは、傍観者であってはならない。年配者として先導すべきではないか。

 本当の研究、本当の学問とはこんなものだ!ということを若い人たちに示さなければならない時期がきているのではないか。

 

2016年4月 2日 (土)

経営学は理論科学か、技術科学か、規範科学か

 昔、ドイツでは経営学の学問としての方向性をめぐって論争が起こった。というのも、経営学が経済学者によって「金儲け学問」として批判されたからだ。

 当時、3つの方向性が打ち出された。

(1)現実を理論的に説明することを目的とする理論学派

W.リーガー

(2)企業をめぐる病理現象を治す医学的な技術学派

E.シュマーレンバッハ

(3)企業にあるべき姿を示す規範学派

H.ニックリッシュ

  私の先生は、(1)の理論学派、特にリーガーを推進していたので、弟子として私も(1)の立場にあった。しかし、先生が亡くなり、自分自身も年を取ると、(2)の立場になり、さらに企業の病理を治すには、(3)の立場も必要だという考えにいまでは至っている。

  私の先生は若くして亡くなったのだが、実は最後は(2)の立場にいたように思える。というのも、ある出版社が、学説研究シリーズを企画しているとき、私の先生はリーガーではなく、「シュマーレンバッハ」を選んでいたからだ。

 「菊澤君、シュマーレンバッハだったら書くよ、いったんだよ」と笑っていっておられた。

 その後、先生は慶大図書館にあるシュマーレンバッハの本を全部集めていた。しかし、その本は出版されることはなかった。すでに癌が先生を蝕んでいたからである。

  シュマーレンバッハは、20世紀のドイツ自由経済社会が拘束経済社会へと変貌していることを病理現象とみなした。価格が自由に変化しない不健全な経済だ。そして、それが個別企業の固定費増加にあるとみなし、固定費削減政策こそが経営学の課題だと考えた。

 私は、企業の病理を「不条理」とみなしている。それは、全体と個別の不一致、効率性と正当性の不一致、短期と長期の不一致である。この不条理の原因と解決を菊澤経営学の課題だと思っている。

 この不条理を解決するために、新制度派経済学が必要であり、経営哲学が必要なのであり、そしてダイナミック・ケイパビリティが必要だと思っている。

菊澤 研宗: 組織の経済学入門 改訂版

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菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

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菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

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菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

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2016年3月10日 (木)

リーダーになる人の条件

  たくさんの学者が軍部は天皇を手段として利用していたという。確かそう見えるかもしれない。

  しかし、私も防衛大学校に長く教えていたのだが、当時の将軍の文章などを読む機会があり、そして理解できることがあった。当時の高級将校が天皇を単なる手段として見なしていたとは思えないということだ。ものすごく畏敬の念を払っていたし、天皇の権威に受けいれていたのである。

  たとえば、山下将軍。彼はマレーの戦いで大勝利を得た。普通なら、日本に帰国し、天皇に拝謁するのだが、彼は日本に帰国することなく、満州に送り込まれる。そのとき、山下は2.26事件を思いだしている。天皇に嫌われているのだと。彼は、マレーの戦いでも、一度も宮城に足を向けて眠っていない。

  しかし、山下は終戦まじかに、フィリピンに派遣される。これは、ほんとど死に行けという命令である。このとき、山下は中国から一時的に東京に戻ることを許される。そのとき、山下の望んだことは何か。天皇への拝謁だ。 

  山下は、天皇から戦術や戦略について話たいという気持ちは全くなかったのだ。彼は、天皇から「元気」をもらいたかったのだ。この非合理なものがほしかったのだ。そして、念願かなって、天皇に拝謁できた。このとき、山下はこれで「死ねる」と思ったようだ。

  当時の天皇は、物理的生物的観点からすれば、一人の人間であった。その点では、われわれと同じなのだ。しかし、当時の将校は、天皇に対してそんな見方はしていない。もっと非合理なこと(科学的には説明しにくいこと)を天皇に観ていたのだ。日本の天皇の背後にある脈々と続く数千年にわたって受け継がれてきた何かだ。

  戦後、多くの研究者は日本の軍人を批判する。しかし、学ぶべきこともある。彼らは科学的知識をたくさん持っていた。この点でいえば、非常に優秀な将軍ばかりだった。しかし、彼らの優れた点は、実は非合理的なこと(科学では説明できないもの)も観えていたのだ。

 この点を、現代の企業経営者も学んでほしい。科学的経営などは、若者も年寄も差はないのだ。若者と経営者の差は何か。非合理的なものも観えるかどうかのだ。非合理的なことを見ることを、本居宣長や小林秀雄は、「大和心」といったのだ。

2016年2月 5日 (金)

科学ともののあわれ

   以下の記事、「なぜ死んだ子供の手があったかいのか」素晴らしい親。

   科学者は、その理由を物理的に説明するだろう。それは、人が冷めないように、手を温めていたからだというだろう。

 しかし、そのような科学的で物理的な説明だけでは寂しいし、浅いね。われわれは、もっと深いところを理解したい。

   小林秀雄が「科学に負けてはいけない」といい、大和心とか、もののあわれとかというものがそこにある。

  組織管理論の本質は、人間に関する深い理解だと思う。

●『<スキー教室衝突死>明るかった「えりちゃん」の手、温かく』

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160204-00000054-mai-soci

 

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菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

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