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2016年7月30日 (土)

現代企業経営各論(経営経済)試験についてのコメント

今年の現代企業経営各論(経営経済)の試験についての採点に関して。

A=80点以上、B=79~70点、C=69~60点、D=59点以下

4問なので、1問でも不正解だと、Dの可能性は高い。

各問題の解答について、以下の点が気になった。

(問2)企業は三つの方向で巨大化するが、その原理について説明する問題で、垂直的統合に関しては「取引コスト節約原理」が書いてないと、不正解。講義に出ていないと思われるたくさんの学生が不正解であった。

(問3)アドバースセレクションとシグナリングについての問題。多くの学生がこれを別々に解答していたが、これは不正解。二つは関係しており、アドバース・セレクションを解決する方法としてシグナリングを説明しないと不正解となる。

2015年4月14日 (火)

日本の社会科学者は理系学者よりもレベルが低いのか

 日本の理系は、これまでたくさんのノーベル賞受賞者を輩出してきた。ところが、日本の文系はレベルが低く、いまだノーベル経済学賞を受賞したものはいない。

 したがって、日本の社会科学者のレベルは低い。もっと日本の社会学者は高度は数理を駆使して理論を展開すべきだ。あるいは、もっとレベルの高い研究をすべきだ、とかいろいろ言われる。

 しかし、私が言いたいのは、実はすでに優秀な理系の研究者がかなり文系分野に入ってきているのだ。しかし、ものすごい業績を上げた日本の理系研究者を私は知らない。

 理系の研究者が思っているほど社会科学的問題は簡単に解けないように思う。

 なんせ、ある社会現象の発生を正確に予測しても、それを知ると、人間はそれに反応にして行動を変えるという厄介な存在なのだ。だから、予測できないのだ。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

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2015年4月12日 (日)

本の翻訳について

 最近は、英語ができる人が多くなったせいか、翻訳本に関する批判的なコメントが非常に多いような気がする。

 特に、学者や研究者の専門書の翻訳は読みにくいという点を批判し、もっとわかりやすくとか、もっと工夫すべきとか、いった批判だ。

 しかし、もともと専門書というものは、英語でも難しいものだ。日本語に比べて英語文はもっと簡単に書いてあるから、英語を読んだ方がいいというコメントも多いが、いかがなものか。本当に理解してのかどうか、疑問だ。

 たとえば、「Bounded Rationality」

  専門家は「限定合理性」と訳する。すると、一般人は、わかりにくい。日本語的ではないということになるのだろう。「制約された合理性」とか「合理性の限界」という訳がいいというのかもしれない。

 ところが、研究者からすると、「限定合理性」の方がいいのだ。それは、わかりやすいとかいう問題ではなく、この仮定がなぜできたのか。その背後にある歴史とも関係してくる。

 つまり、新古典派経済学が仮定している人間の「完全合理性」を批判してできた仮定なのであり、個人に的には、以下のように5文字5文字で対称的に美しいのだ。

      「完全合理性」 vs 「限定合理性」

 専門書というものを、一般人向けに翻訳するというのは、一つのあり方だと思う。しかし、専門書というのは、もともと難しいものだ。それを理解するためには、読み手に知識が求められるのだ。

 文法的な誤りは決定的だが、そうでないような翻訳は、It does not matter.だといいたい。翻訳している研究者は、文章家や翻訳家を目指しているのではなく、大抵、自分のためという人が多いように思う。問題は、それに付き合うかどうか。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

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2014年8月17日 (日)

天皇の終戦の詔書よりも開戦の詔書に注目すべし

 個人的には、天皇による終戦の詔書よりも、開戦の詔書の方が実は重要な気がする。これを読むと、やはり侵略戦争という意図はなかったかもしれないと思ったりもする。

 

 日本のメディアは、終戦の詔書の一部だけを放送するので、ほとんどの日本人は、開戦の詔書のことを知らない。

 なぜ日本は戦争に向かったのか。いろんな歴史書や歴史家が議論しているが、この天皇の開戦の詔書から推測することも歴史的に意義が大きいのではないだろうか?

●開戦の詔書
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/1941-50/1941_kaisen_shosho.html

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

2014年8月 5日 (火)

理研の笹井氏の自殺は非常に残念です。

 今日、通信教育のお仕事を終えて、帰宅したところ、「理研の笹井氏の自殺」を知り、ショックを受けた。

  笹井氏の記者会見以来、私は彼の大ファンになった。それゆえ、非常に残念だ。

 くだらない質問ばかりする記者会見を見て、あんなに頭のいい人はバカな一般人の前にでないで、ずっと象牙の塔にいてほしいと思った。それゆえ、象牙の塔の存在を再評価したい気持ちになったほどだ。

  とにかく残念。かつての日本人のように、肉体(的苦痛)よりも精神(的苦痛)を回避する道を選択してしまったのだろうか。

 

 

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

2014年4月17日 (木)

マスコミには抜き打ちテストを

 今回の笹井会見をめぐって、あまりにレベルの低い質問に、見てる方はつらいという人は、私を含めていたように思う。

 

 私は、今後は、記者会見するときに、記者たちに「物理学」「化学」「数学」に関する簡単な試験を受けてもらってから、参加してもらった方がいいのではないかと思う。そうすると、下手なバラエティ番組よりも面白いのではないかと思った。

A記者が質問すると、「物理20点」のAさん質問してくださいとか、「数学0点」のB記者質問してください、とかいった場面が見れて、相当、楽しいと思うけど・・・・

どうでしょうか?

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

笹井氏は官僚的だったか?

 昨日の笹井氏を頭のいい「官僚的」な発言し終始し、言い逃ればかりだったという人がいます。

 私は、そうは思わない。彼の一連の発言、議論の背後にあったのは、「科学に”絶対”はない」ということ、だから「すべてが暫定的で推測的」ということを十分認識し、それを一貫して丁寧に素人に語っていたと思う。

 これに対して、マスコミや一般の人は「科学に絶対」を求めているので、彼が「官僚的な言い逃れ」に終始したと見えるのだ。

 すべては暫定的で推測的で、決定的な反駁がないかぎり、推測にすぎず、暫定的なものだ。私は、彼はきわめてポパー的だったと思う。

 TVに出てくるような学者に「絶対」を求めてもいいが、多分絶対なる答えをくれて、安心させてくれるだろう。



 しかし、象牙の塔にいる本当の学者に「絶対」を求めてはならない。いらいらするだけ。なぜなら彼を含めて人間が不完全ることを知っているから。

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

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菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

米国でも同じこと起こっていた。

   日本のマスコミの批判ばかりしましたが、同じことが米国でも昨年起こりました。ノーベル経済学賞をめぐって。シラーとファーマが受賞したのだが、市場に関する二人の結論が異なっていた。

 ファーマは、株式市場での株価は現状を正しく反映するといい。シラーはバブルは必ず起こるという。つまり、常に正しくないという。そこで、このような「学問は科学ではないのではないか」という問題提起がなされていた。

 これに対して、ハーバート大学の天才であるChettyが「Yes, Economics is a science」という議論を展開するという面白い状況に出くわした。

 この経済学の事態をどう解釈するのか。たぶん、マスコミには科学には唯一絶対的な真理理論がつねにあるという偏見があるのだろう。だから、以下のことが理解できない。

(1)ファーマの仮説をシラーたち(セーラーを含む行動経済学者)が反証しようと努力しているところ。まだ最終決着はついてない。だから、どちらもすごいことは間違いない。物理学でいうと、ニュートンとアインシュタインが同時期に生きていたら、どちらもノーベル賞です。反証されても立派な理論は立派で使えます。

(2)そもそも一つの実在をめぐって、唯一絶対的な理論があるわけではないこと。いろんな理論があっても問題ないこと。量子力学におけるハイゼンベルクの量子力学(行列)とシュレーディンガーの波動方程式。最終的に、フォンノイマンが数学的に両者は同等と証明している。つまり、科学は理論的に多元論であること。

科学は真理を獲得してきたわけではない。

   昨日の笹井会見でも思ったが、科学者と一般の方との決定的な違いは、一般の人々は科学の歴史は真理を獲得してきた歴史だと勘違いしている点。むしろ、いかに人間が無知なのかを証明してきた歴史。

 「すべてのカラスは黒い」という自明の命題すら、実証できない。理由は、過去、現在、未来、そして全宇宙のすべての(無数の)カラスを観察できないので。しかし、反証は可能。有限の白いカラスを観察すればいいので。ということは、現在、われわれが得ている科学的知識はすべて「仮説」であって真理ではなく、いまだ反証されていないという程度の知識でしかないとうこと。だから、科学は進歩し、楽しいのだ。

 人間が無知であることの論証は、いまのところ少なくとも3つ。

(1)言語学的不可能性証明。真理を言明と実在の一致とする。この一致を証明するには、別の言明が必要となり、その言明の真理を論証するのに別の言明が必要となり、結局、無限に後退するだけで、真理を証明できない。

(2)ハイゼベルクの物理学的な不確定証明がいまだに否定されてない。

(3)ゲーデルの数学的な不完全性証明がいまだに否定されていない。

ということで、大抵の科学者はこれらのことを知っている。だから、人間が月まで行って戻ってきたというのは、驚くべき賭けだったと思うけど・

2014年4月16日 (水)

STAPをめぐって、もっとお勉強してから質問しましょう。

 STAPをめぐって、日本中に似非科学者が増殖した。科学について、きちんと勉強したこともない人たちが、「科学とはこうだ!ああだ!」と語って、科学者を批判している。面白い。

 科学については、科学哲学という分野があるので、ぜひともマスコミの人々に「科学とは何か」について、もう一度、お勉強してもらいたい。

 本日、笹井氏があれだけ優れた説明をしたにもかかわらず、「仮説」という言葉にマスコミは反応し、「仮説」=「存在が怪しい」といいたいようだ。

 しかし、われわれが、現在、得ているすべての知識は「仮説」なのだ。相対性理論も、量子力学も仮説でしかない。単に、いまだ反証されていないだけなのだ。

 論理に弱い人は、われわれ人間は実証された真なるを知識を得ていると信じているのだろう。しかし、「すべてのカラスは黒い」という自明の命題ですら、仮説なのである。というのも、時間空間が無制限ですべてのカラスを観察することは不可能なのだ。この命題は、いまだ反証する観察がなされてないというそれだけなのだ。真理ではない。仮説なのだ。

 こういった意味で、本日、笹井氏は「仮説」という言葉を使っていたと思う。つまり、いまだ有力な反証を見出してないという言い方だ。科学哲学の観点からしても、本日の説明は見事だったと思う。久しぶりに、本当に頭の良い人を見た、というのが、私の感想。とにかく、すごい人物だ。

 

 一般人を相手にしないで(質問のレベルが低すぎ、時間の無駄)、安い給与のようだが、日本のために、象牙の塔、白い巨塔でぜひ研究を進めてほしいと私は思った。

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