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2017年5月 3日 (水)

限定合理性、新制度派経済学、そして行動経済学

 人間は完全に合理的はなく、完全に非合理的でもない。人間は、限られた情報の中で、合理的に行動しようとする。これが、限定合理性の仮定である。

 この仮定は、H.A.サイモンが新古典派経済学を非現実的として批判し、経営学をより経験科学的なものとして再構成するために、明示的に主張ものである。

 人間は、情報が不完全なので、新古典派経済学のように、微分して最適解を瞬時にえることはできない。何よりも、満足するような方法を一歩一歩進むような意思決定プロセスが存在するというのが、サイモンであった。

 こうして、サイモンの弟子たちは、意思決定プロセス論を展開することになる。しかし、それは記述であって、説明ではないことから、役に立たないことが理解される。

 こうして、この方向性を避けたのが、サイモンの弟子であるウイリアムソンである。彼は、心理学的方向性を避けたのである。そして、より経済学的で、制度や状況決定論へと進む。なぜか。このような非心理学的な(制度論的)説明は、よりテスト可能性、再現可能性、反証可能性が高いからである。

 状況(制度)によって人間行動を説明する方が、人間の心理的要素(内面的欲求、劣等感、満足)によって人間行動するよりもテストしやすいのである。心理学的説明の弱点は、なんでも説明できるという点である。これは、強味ではなく、弱みなのである。

 ポパーによると、アドラーがその典型だという。アドラーによると、人間行動は、「劣等感」で説明される。

●いま河でおぼれている子供いて、近くに一人の男がいるとする。この男は、どのような行動をとると予想されるか。

(1)もし男が河に入って子供を助けるならば、それは彼らそのような行動をとることによって劣等感を克服しようとしたからであるとアドラー理論では説明される。

(2)もし男が河に入らずに子供を助けないならば、このような緊急事態でも冷静な行動をとることによって劣等感を克服しようとしたからと、アドラー理論で説明だれる。

つまり、結局、テストできないのである。明日は、晴れか晴れ以外であるといっているのと同じ。

 さて、この同じ性質を持つ可能性があるのが、心理学を基礎とする経済学、つまり行動経済学である。プロスペクト理論の問題点は、レファレンスポイント(参照点)である。これは、人によって異なる。つまり、移動できるので、実は、なんでも説明できるという危険がある。やはり、心理学的なのだ。

 以上のように、ウイリアムソンの限定合理性にもとづく新制度派経済学とカーネマンたちの限定合理性にもとづく行動経済学は異なるものである。

菊澤 研宗: 組織の不条理 - 日本軍の失敗に学ぶ (中公文庫 き)

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