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2015年5月16日 (土)

どいう意味で、帰納と演繹は対称的か

 よく帰納と演繹は対称的だという。帰納とは観察から始めて一般理論を形成する論理。これに対して、演繹は一般理論から個別へと観察する論理。

 ところが、これが間違いなのだ。

(1)500羽のカラスが黒かったので、「すべてのカラスは黒い」。

(2)黒字の500社のトイレはきれいだったので、「すべての企業はトイレをきれいすると、黒字になる」。

(3)戦争場で生き残った人の33人は次男だったので、「戦場に向かうすべての次男は必ず生きて帰る」

(1)(2)(3)いずれも帰納の論理がもたらすものだが、だれでもわかるように、すべてそこには「論理の飛躍がある」

500羽のカラスからすべてのカラスへ行く論理はない。

500社からすべての企業へ行く論理はない。

33人の次男からすべて次男に行く論理はない。

以上のことから、「演繹論理は存在し、帰納の論理は存在しないという意味で、帰納と演繹は対称的なのだ」というのが、正しい理解である。

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