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2015年5月

2015年5月29日 (金)

朝日新聞の書評 『ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー』

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 24日日曜日 朝日新聞朝刊に、拙著の書評が掲載された。とてもうまく拙著について書いてあったので、驚いた。清野さんというジャーナリストの方は、文章がうまい。読ませます。関心のある人は、ぜひ以下の書評を読んでみてください。

朝日新聞の書評

[文]清野由美(ジャーナリスト)  [掲載]2015年05月24日

■データ主義に対抗し再発見

 『もしドラ(もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら)』ブームに代表されるように、日本人はドラッカーが好きだ。ところがアメリカの経営学者間では昨今、ドラッカーはまったく顧みられないのだという。なぜならそこは「統計ソフトを駆使してデータを処理」する「異常なまでの実証主義」が支配する場と化しているからだ。

 データ主義の弊害は大きい。その一例が、相関命題の乱用。たとえば“松岡修造が海外に行くと、日本の天気が悪くなる”といった、なーんちゃって仮説でも、それをデータで実証すれば研究成果になってしまう。この場合、データは都合のいいものだけが注意深く使われる。そんな「科学」に支配された経営が陥る事態とは何か。すなわち「合理的に」失敗するのだ。・・・・・・・・・・・・・・

(続きは以下のサイトで読めます)

http://book.asahi.com/reviews/column/2015052400016.html

2015年5月27日 (水)

帰納の論理のみならず帰納的な方向性すらない by Popper

 

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 いまだ「帰納の論理」という神話を信じている人が多い。帰納法は真の論理ではない。有限の観察から無限の普遍的理論言明を導く論理はないのだ。

 さらに、ポパーは、観察から初めて理論を作るという帰納的な方向性すらないという。すべての観察は、理論、観点、関心に基づいているからだ。われわれは、理論や観点や関心がないと、観察できないのだ。

 観察は選択なのだ。「みてください!」とお願いしていも、どことをみていいかわかないのだ。また、出来の悪い学生に多いのだが、データーを集めて、新しい仮説を帰納的に作ろうとする学生がいる。結果は、わかっている。常識的な仮説命題となる。なぜか。常識にもとづいて、データーを選んでいたからである。観察から始まっていないのだ。

  我々の認識は知識、言語などに依存するのだ。これを理論負荷性のテーゼという。

  鍵を落とす。どうやってみなさんは探すか。世界は無限に広がっている。そこで、みなさんは観点を決める。それは、今日、一日の行動を思いだすことだ。そして、その記憶的知識に基づいて観察する。

 問題ここだ。もしその記憶が間違っていて、今日はこの部屋に来ていないと思い込む。そのとき、たとえその部屋に、しかも自分の足元に鍵があっても、見えないなのだ。人間は。

 以上のように、帰納的な方向すらない。観察は常に理論とともに始まる。つまり、演繹的だ。

 では、帰納的な確率言明はどうか。それは、現実を表しているのではなく、自分の心の中の確信の度合いを表しているにすぎないというのが、ポパーの答え。これについては、次回に。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 

 

2015年5月24日 (日)

地味な拙著の存在感

 UCバークレー留学から帰国して初めて書いた私の地味な拙著「ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー」。
 売れているわけではない。いや、売れなかった。今回は、敗北。

 しかし、本日、おそらく朝日新聞の書評で取り上げられたようなので(私は日経をとっているのでわからないが)、アマゾンではあっという間に一時的に在庫切れ表示となった。そして、現在、ランキングも500位までに上昇した。

●朝日新聞書評「ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー」

 しかし、これはバブル。明日からまたもとに戻る。日常に戻るだろう。

 この本は、タイトルからドラッカーのマネジメント本のように思えるが、実は

(1)私のUCバークレーのビジネススクール留学記と現在の米国経営学批判について、特に日本の経営学が米国の経営学に犯されないように警告している。

(2)特に、米国経営学の利益(企業価値)至上主義では、経営者は必然的に不条理に陥ること、そして何よりもこの不条理を避けるには、ドラッカー・マネジメントが必要になることを論証している。

(3)そして、このドラッカー・マネジメントの哲学的本質がカント哲学にあることを理解してもらうこと。

(4)しかも、このカント=ドラッカーの経営哲学が、決して西洋人のためのものではなく、戦前・戦後の優秀な日本人経営者が学んでいたことを知ってもらうこと。

(5)最後に、このようなカント=ドラッカーの経営哲学が、小林秀雄が晩年追求していた「大和心」のマネジメントに重なり合うことを、論証した。

「漢心(からこころ:科学)」だけではなく、「大和心:良心」をもつ人にはきっと響くと思う。関心のある人は、ぜひ一読をお願いしたい。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 

 

2015年5月21日 (木)

統計学に関する私の執念の疑念

  社会科学において、かなり信頼できるとされるツール(学問)が2つある。

(1)会計学

(2)統計学  

 二つの学問は、複雑さの程度は、異なるが数学的であり、それ自体(水平的に)内部整合的である。

 ところが、これを(垂直的に)現実に適用するとき、われわれは以下のようなかなり非現実的な仮定を受け入れなければならない。この点, 騙されないように、注意してほしい。

(1)会計学の見えない暗黙の仮定として「価格は変化しない」

(2)統計学の見えない暗黙の仮定 として「有限の抽出したデータの分布は、無限の母集団の分布と同じである」

上記、(1)と(2)が成り立つとき、そのときのみ会計学と統計学は数学的に正しい。

しかし、いずれも非現実的である。特に、(2)は帰納法を容認しているのと同じ点が問題。

注:帰納法は存在しないという意味

100羽のカラスが黒くても、「すべてのカラスは黒い」という命題は論理的に出ない。101目のカラスは白いかもしれないと論理的可能性が残るので。10万のカラスが黒くても、10万1羽目は白いかもしれないという可能性を否定できない。それでも「すべてのカラスは黒い」というには、論理の飛躍を必要とする。つまり、帰納法は論理ではない。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年5月18日 (月)

海外のジャーナルに論文を投稿すること

  UCバークレー留学から帰国し、2本の論文を海外の有名ジャーナルに投稿した。

 運よく、いま2本とも、現在、審査中。そのうち、1本は今度で2度目の修正。私の書き方が日本式なので、かなり摩擦が生じている。

  特に、レビュアーがResearch Methodについての説明をもとめてきたので、論理実証主義ではなく、自分の立場はポパーの批判的合理主義だと説明したら、レビュアーが怒っている感じ。はむかっているので、本当に怒っている。

  海外のジャーナルは難しい。しかし、コメントをみると、最初は腹が立つが、本当にいろいろと勉強になる。私ももう年なので、別のことをすべきなのだが、このレビュアーとのやり取りが結構面白いのだ。

 今回は、2本とも玉砕しそう、おそらくリジェクトされるだろう。まあ、それでもいい。私の場合、昇進に関係しているわけでもないので。しかし、世界と少しはつながった感じがする点が面白いね。

  しかし、私にとっては、It was too late かな。まあ、年老いているので、脳の体操です。

 しかし、私の新書ドラッカーの本は売れないですね。そんなにつまんなかったのか、難しかったのか。日本で、売れる本を書くのは難しい。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年5月16日 (土)

どいう意味で、帰納と演繹は対称的か

 よく帰納と演繹は対称的だという。帰納とは観察から始めて一般理論を形成する論理。これに対して、演繹は一般理論から個別へと観察する論理。

 ところが、これが間違いなのだ。

(1)500羽のカラスが黒かったので、「すべてのカラスは黒い」。

(2)黒字の500社のトイレはきれいだったので、「すべての企業はトイレをきれいすると、黒字になる」。

(3)戦争場で生き残った人の33人は次男だったので、「戦場に向かうすべての次男は必ず生きて帰る」

(1)(2)(3)いずれも帰納の論理がもたらすものだが、だれでもわかるように、すべてそこには「論理の飛躍がある」

500羽のカラスからすべてのカラスへ行く論理はない。

500社からすべての企業へ行く論理はない。

33人の次男からすべて次男に行く論理はない。

以上のことから、「演繹論理は存在し、帰納の論理は存在しないという意味で、帰納と演繹は対称的なのだ」というのが、正しい理解である。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年5月12日 (火)

統計的研究は必要だが、疑念はある。

 私自身、統計的研究は必要だと思うが、疑念がある。私の新著では、タイトルにはドラッカーと書いてあるが、実は実証主義批判について書いている。

 私が問題しているのは、帰納的に統計学を使う研究だ。観察から、あるいはデーターから理論や仮説を創りだそうする研究だ。

 同様に、インタビューから一般論を引き出そうとする研究やケースから一般論を引き出す研究。

 そんな論理はない。有限から無限を生み出す論理はない。このようなことについて、今回、書いたので、ぜひ読んでいただきたい。

 

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年5月 2日 (土)

ダイナミック・ケイパビリティ記事 ランキングを独占する

   昨日、慶大での講義で、時間が余ったので、最後にダイナミック・ケイパビリティの話をしたせいでしょうか。(その程度では、これほどの影響はないとは思いますが、・・・・)

 ハーバード・ビジネス・レビューでの私の「ダイナミック・ケイパビリティの連載記事」の4つのうちの3つが、アクセスランキングのベスト10に入っています。独占状態。1位、4位、6位です。不思議ですね。

 日本では、人気がでないかと思っていましたが、やはり日本でも今後注目されるのでしょうか?現在、第5回目の記事を書いていますが、私自身は、この概念こそ日本企業を元気にする概念だと思っています。 

●HBR
http://www.dhbr.net/

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年5月 1日 (金)

拙著に関する2つ目の書評

  本に関する情報雑誌「TOPPOINNT」に続いて、二つの目の書評がでました。地味なドラッカーに関する拙著を取り上げてくれて感謝しています。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 まさか、IT系の雑誌「BCN」が拙著を取り上げてくれるとは、思いませんでした。世間はまだ、私を見捨てていないのだなあ~と、少し思いました。

●「BNC」

http://biz.bcnranking.jp/…/bookrevi…/1504/150430_139281.html

 短い文章で、うまく拙著をまとめてくれています。さすが、プロフェッショナル。

 「著者は、晩年の小林秀雄が追求していた「大和心」まで引き合いに出しながら、日本の企業が陥りつつある経済合理的一辺倒のマネジメントに警鐘を鳴らしている。その意気やよし。」と元気づけてくれています。

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