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2015年4月

2015年4月30日 (木)

科学!科学!と叫ぶ人は真理の定義すら知らない人が多い。

  私の最近のドラッカーの著作を、一見して、まだこんな非科学的な研究をしているのか、と批判的な人、冷笑する人がいるかもしれない。慶大の菊澤は、神秘主義で、科学のすごさをしらない、時代遅れの研究者だと思うかもしれない。

  とくに若い人は「科学」という言葉に惹かれるだろう。ところが、こういった若い人ほど、科学に騙されるのだ。科学、科学、と騒いでいる人ほど、科学が目指す「真理」というものが何か定義すら知らない人が多い。

 真理には、いくつかの定義がある。しかし、おそらく一般的なの対応説だ。それは、「ある言明が実在に一致したとき、そのときのみその言明は真理である」というものだ。

 このような真理なる言明を、われわれはどうやって得るのか。

 ある言明が実在と一致していることを証明するには、別の言明が必要となる。しかし、その言明が正しいことを証明する必要がある。そのために、それを説明するさらに別の言明が必要となり、結局、無限後退していくことになり、もとの言明と実在の一致を永遠に証明できないのだ。

 つまり、人間はある言明が真理かどうか、確定できないのだ。したがって、すべての理論言明は仮説的なものにすぎないのだ。物理学の理論でさえ(ハイゼンベルグの不確定性原理もあるが・・・)。その程度の知識しか、われわれは得れないのだ。

 それにもかかわらず、実証研究をして、あたかも真理を獲得したかのような研究者がいれは、それは研究者として知的誠実性を欠いた人物か、無知か、非論理的な人物であろう。

 したがって、科学でないものは、「無意味」という安易な考えは捨てるべきである。むしろ、哲学的な議論や哲学的なマネジメントはいまだに必要であり、有意味なのだ。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年4月27日 (月)

拙著「ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー」で述べたいこと

 拙著『ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー』は、一般の方にはクセのあるドラッカーなので、とっつきにくいかもしれませんが、学者仲間には受けているようです。

 大体、学者が関心をもつ本は大抵売れないので、この点は問題なのですが、いろんな問題を提起しているようです。

 この本では、「米国が何でも1番」という思考停止状態はやめた方がいいということ。「統計ソフトを使うとなんでも科学的に解けるという思考停止状態は避けた方がいいということ」「経済合理性を追求すると、合理的に失敗すること」などについて説明しています。

 このような合理的失敗に陥らないために、ドラッカーは必要なのだということを述べていますので、普通のドラッカー論とは全く異なっています。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年4月23日 (木)

新刊ビジネス書情報誌「toppoint」に拙著が

   拙著『ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー』に関して、今回は内容が若干難しく、無視されると思っていました。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 しかし、新刊ビジネス書情報誌「toppoint」編集長からメールをいただき、来月のベスト10冊の一つに拙著を選んでくれて、紹介してくれるようです。ありがたいです。

 この雑誌は、毎月、新刊から10冊選んで2ページにわたって書評を書いてくれる雑誌です。企業の方々には有名な雑誌のようです。

 編集長によると、「最近のアングロサクソン系のマネジメント手法に違和感を感じていた」ので、拙著は少し魅力的だったようです。

 これまで、必ずどこかでだれかが書評を書いてくれたのですが、さすがに今回はダメだとあきらめていたので、うれしいものです。

「TOPPOINT」   
http://www.toppoint.jp/

2015年4月15日 (水)

ハーバード・ビジネス・レビュー連載:最新第4回ダイナミック・ケイパビリティ

現在、「ハーバード・ビジネス・レビュー」のサイトでダイナミック・ケイパビリティの連載をしています。

最新の第4回目がアップされたので、ぜひ一読お願いします。取引コスト理論とダイナミック・ケイパビリティの関係について説明しています。

第3回と第4回は連続していますので、両方を読んでいただけるとありがたいです。

連載:ダイナミック・ケイパビリティの戦略学

ハーバード・ビジネス・レビューのサイト

●第3回 垂直的統合の考察1:ゼロベース
http://www.dhbr.net/articles/-/3160

★★最新 第4回 垂直的統合の考察2:非ゼロベース
http://www.dhbr.net/articles/-/3161

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年4月14日 (火)

経営哲学学会 関東部会開催のお知らせと招待

 今回は、経営哲学学会の関東部会長として宣伝をさせてください。

  以下のようなテーマで、経営哲学学会を6月に開催します。

 今回は、全員女性にやっていただこうという「女性によるシンポジウム」の企画しました。全員、非常に優秀な女性の方々で、きっと実り多い議論ができると思います。

 非学会会員のみなさんも学生も、参加可能ですので、関心のある人はぜひ参加してください。

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                       経営哲学学会関東部会

日時:20015年6月13日 土曜日 午後2時から
場所:慶應義塾大学三田 南校舎 445教室
           

ー女性によるシンポジウムー

★テーマ:現代日本企業の問題点とは何か、今後、日本企業はどうあるべきか―グローバル化、女性活用、英語化など―

★報告者

mizkan(ミツカン)海外人事部長 中川有紀子
大手証券会社次長 吉田和江
帝京大学准教授  楊 錦華

★コメンテータ:青山学院大学大学院研究員 姜 理恵

★司会:敬愛大学准教授 粟屋仁美

●終了後 懇親会を行いますので、ご参加ください。 
*非学会員も参加可能です。

担当 関東部会長 
   慶應義塾大学 菊澤研宗
   kikuzawa@fbc.keio.ac.jp

日本の社会科学者は理系学者よりもレベルが低いのか

 日本の理系は、これまでたくさんのノーベル賞受賞者を輩出してきた。ところが、日本の文系はレベルが低く、いまだノーベル経済学賞を受賞したものはいない。

 したがって、日本の社会科学者のレベルは低い。もっと日本の社会学者は高度は数理を駆使して理論を展開すべきだ。あるいは、もっとレベルの高い研究をすべきだ、とかいろいろ言われる。

 しかし、私が言いたいのは、実はすでに優秀な理系の研究者がかなり文系分野に入ってきているのだ。しかし、ものすごい業績を上げた日本の理系研究者を私は知らない。

 理系の研究者が思っているほど社会科学的問題は簡単に解けないように思う。

 なんせ、ある社会現象の発生を正確に予測しても、それを知ると、人間はそれに反応にして行動を変えるという厄介な存在なのだ。だから、予測できないのだ。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 

 

2015年4月12日 (日)

本の翻訳について

 最近は、英語ができる人が多くなったせいか、翻訳本に関する批判的なコメントが非常に多いような気がする。

 特に、学者や研究者の専門書の翻訳は読みにくいという点を批判し、もっとわかりやすくとか、もっと工夫すべきとか、いった批判だ。

 しかし、もともと専門書というものは、英語でも難しいものだ。日本語に比べて英語文はもっと簡単に書いてあるから、英語を読んだ方がいいというコメントも多いが、いかがなものか。本当に理解してのかどうか、疑問だ。

 たとえば、「Bounded Rationality」

  専門家は「限定合理性」と訳する。すると、一般人は、わかりにくい。日本語的ではないということになるのだろう。「制約された合理性」とか「合理性の限界」という訳がいいというのかもしれない。

 ところが、研究者からすると、「限定合理性」の方がいいのだ。それは、わかりやすいとかいう問題ではなく、この仮定がなぜできたのか。その背後にある歴史とも関係してくる。

 つまり、新古典派経済学が仮定している人間の「完全合理性」を批判してできた仮定なのであり、個人に的には、以下のように5文字5文字で対称的に美しいのだ。

      「完全合理性」 vs 「限定合理性」

 専門書というものを、一般人向けに翻訳するというのは、一つのあり方だと思う。しかし、専門書というのは、もともと難しいものだ。それを理解するためには、読み手に知識が求められるのだ。

 文法的な誤りは決定的だが、そうでないような翻訳は、It does not matter.だといいたい。翻訳している研究者は、文章家や翻訳家を目指しているのではなく、大抵、自分のためという人が多いように思う。問題は、それに付き合うかどうか。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 

2015年4月11日 (土)

制度論の限界とドラッカー・マネジメント

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 この本では、経営学は科学的知識だけではなく、やはり哲学的な知識も必要だという点を説明しています。

 組織は人間から構成されているので、最終的には「真摯さ」とか、「気品」とか、「プライド」とか、いった要素がマネジメントには重要になります。

 こういったことに関心のある人は、一読、お願いします。

目次

第I部 経営学の科学主義とドラッカー

第1章 ドラッカーを読まない平凡な経営学者
ドラッカーなんて誰も読まない?
MBAでは最新の経営学は学べない
経営学における流行

第2章 米国で台頭する科学主義
人文学の危機
経営学における科学主義

第3章 統計学のお遊びになってしまった経営学
実証主義的でないものは無意味なのか
実証主義的研究は時間の無駄
相関関係と因果関係の違いとは
仮説が正しいかをどう確かめるか
「論理実証主義」との類似

第4章 科学的経営学が陥る「不条理」
経済合理的なマネジメントに潜む問題
経済学が仮定する「完全合理性」
限定合理性と経営学
経済合理的な人間が陥る不条理とは

第II部 ドラッカーの経営学を読む

第5章 ドラッカーの生い立ち
非科学的ドラッカー経営学の魅力
ヨーロッパにおける自由の伝統
ナチス全体主義の台頭
ニューヨークでの著作デビュー
「マネジメント」との運命の出会い
経営学界からの批判と実務界からの評価
ニューヨーク大学へ

第6章 ドラッカー経営学の目的とは
ドラッカーの本当の目的
経営に必要な「真摯さ」
反利益最大化仮説
経営者の役割は「顧客の創造」である
自由と責任、そして利益に対する考え方
ドラッカーは、株主をどう考えていたか

第7章 ドラッカーのマネジメント論
「マネジメント」とは何か
「目標による管理」の重要性

第8章 ドラッカーの経営組織論
「分権制」の本当の意味
「手段」となる部門を作ってはいけない
「人間主義」の意味と限界

第III部 人間主義的マネジメントとは――ドラッカー、カント、小林秀雄

第9章 経済主義と人間主義の統合としてのカント哲学
ドラッカー経営学とカント哲学
経済合理的マネジメントが陥る不条理
自律的な人間観
自由に付いてまわる責任
人間の自律性を引き出すマネジメント
カントの「目的王国」とドラッカーの「真摯さ」

第10章 日本人と自律的マネジメント
ドラッカー理論はきれいごとにすぎないか
福島原発事故に立ち向かう自衛隊員
山崎製パンの配送員がとった行動

第11章 小林秀雄「大和心」とマネジメント
科学的マネジメントの限界
小林秀雄の科学観と「大和心」
「大和心」とマネジメント
フィルムからデジタルへの移行は合理的な判断か
経済合理的マネジメントと人間主義的マネジメントの補完は、可能か

2015年4月 7日 (火)

米国経営学と新書『ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー』

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 拙著『ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー』では、2012年から2014年までカリフォルニア大学バークレー校での私の留学体験記を書いた。

 現在の米国経営学はあまりにも実証主義的で科学主義的あり、何か良いものを失っているように思える。

 こういった傾向が強いために、経営学者はドラッカーの経営学などにはほとんど関心を持っていない。

 しかし、統計的にデーターを扱っていると、現実が見えなくなるものだ。たとえば、ネットワーク論にもとづいて、様々な相関仮説が実証される。たとえば、以下のような命題だ。

   「企業と企業の間の関係は薄い方が効率的であり、ときどき関係を断った方がパフォーマンスが高い」

 これが統計的に有意な仮説だという。

 しかし、これが学者のダメな点だ。統計的に有意だから、実際に、パフォーマンスを高めるために、トヨタとデンソーにときどき関係を断った方を良いとか、関係を薄めた方がいいとか助言できるだろか?

 そこに大きな隔たりがあるように思える。データーばかりみていて、現実を見ていないのではないか?

 こういったことに関心のある人は、ぜひ拙著を読んでみてほしい。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 

 

 

 

 

2015年4月 5日 (日)

ドラッカーは役に立たないのか

 現在の米国では、ほとんどドラッカーは読まれていない。それは、非科学的で役に立たないからだといわれている。

 果たして、それは本当か。確かに、現在の米国ではドラッカーを読む人は少ないかもしれない。しかし、だからといって、それが全く役に立たないといえるのか。

 米国と異なり、いまだ日本ではドラッカーが人気がある。特に、実務界での人気は衰えていない。

 この日本の状況を遅れているとみなすのかどうかだ。

 拙著『ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー』では、いまだドラッカーのマネジメントは重要であり、学ぶべき点が多くあることを説明している。

 米国流の科学思考の経営学では、必然的に不条理に陥ることになる。つまり、合理的に失敗し、合理的に不正を犯すことになるのだ。

 この不条理を回避するには、ドラッカーのマネジメントはいまだに重要なのだ。関心のある人はぜひ読んでもらいたい。

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

2015年4月 3日 (金)

二つの世界:日本語と英語

   昨日から、本格的に『ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー』が本屋さんに並んだ。関心のある人はぜひ読んでいただきたい。一見、簡単そうに見えるが、中身は、結構、ハード。ある先生に「菊澤さん、順風満帆、生産性が高いね」と。これは、私の表の世界?表面的な世界?

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

菊澤研宗: ビジネススクールでは教えてくれないドラッカー(祥伝社新書)

 ところが、他方、裏の世界では、英語論文で苦しんでいる。いまも苦しんでいる。1本目の投稿論文は、3カ月内に2回目の修正が求めれている。

 この論文に関して、二人のレビュアーの評価が真っ二つに分かれている。一方のレビュアーは全然わかっていない。腹が立つ。冷静になるために、時間が必要。

 そして、もう1本別の論文を、ダメもとで別の有名雑誌に投稿。投稿した段階で、まずエディターが内容を確認し、レベルが低いとその時点で却下される。大抵の場合、レベルに達せずに、この段階で終わるらしい。このジャーナルは。

 私の論文は、この段階をもしかして突破してのではないかと予感する。したがって、次の段階、複数のレビューアに論文がわたっているのではないか。

 ネットで、いまどの段階かを見ることができるが、最近、「Under Review」の表示が現れた。そうであれば、それだけでもうれしい。というのも、論文は査読するに値し、レベルは低くないということを意味するからだ。

 しかし、ぬか喜びかもしれない・・・・。実は、まだエディターがレビューしているのかもしれない。

 苦しいのだが、これが、結構、面白い。大学院生のときの気分を味わえる。何か挑戦しているという気分、あるいは戦っているという気分も味わえる。さらに、何か世界とつながっているという感覚も覚えるのだ。

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