進むべき道に迷うときには師を思いだす。
年を取ると、いろいろと迷うことがある。学会でもやることはやり、本も十分書いた。
私の場合、困ったときには、自分の師であった故慶応義塾大学教授小島三郎先生のことをよく思い出す。
私は、古い世代の人間で、学者として独立するまで、徒弟制度のような学者の世界で育ってきた。なんとなくいつも先生の近くいる。ゼミのときも、大学院の授業のときも。学会でも。とにかく、共有する時間が長い。学部から数えると、約7年間(実際にはもっと短いが)だ。
ところが、この経験がのちに、いろいろと役に立った。学生がいろんな問題を起こす。そのとき、そういえば、あのとき、先生はこのように対応していたなあ~とか、思い出す。そして、そのように対応する。まさに、暗黙知の伝承だ。
さて、残念ながら、私の先生は、若くして亡くなった。私は、もう小島先生よりも年をとってしまった。そして、いまでも悩むことがある。しかし、幸運にも、いま私には別の先生がいる。それは、野中郁次郎先生だ。
能力的には、はるかおよばず、近づくこともできないのだが、年をとった野中先生が、日本企業のためにいろんな形で元気づけている姿をなんども見てきた。幸運にも、バークレーでも、そして帰国してから日本でも、お付き合いさせていただいている。
困った時、迷ったときには、私は師のことを思い出す。そこに、何か解があるように思えて。
« ヴェーバーの「プロ倫」には学者としての夢がある。 | トップページ | 拙著『戦略学』がTVで紹介される »
「3)学者様の不思議な世界」カテゴリの記事
- 日本の経営学者の巨匠のひとり 庭本先生 逝く(2020.12.31)
- 偉大な学者の論文の効用(2016.06.04)
- どうしようもない日本企業(2015.07.03)
- ブラックサンダー、理論負荷性、そして帰納法(2015.06.10)
























![: 週刊ダイヤモンド別冊 歴学(レキガク) 2010年 1/11号 [雑誌]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/518eoSc6jZL._SL75_.jpg)







