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2014年8月

2014年8月30日 (土)

利益最大化を目指して何が悪いのか?ー思考実験不足です

 最近、経済合理的な議論よりも哲学的な議論を展開することが多くなった。それは、自分自身がそういった方向に関心を持っているだけではなく、日本社会もそのような話に関心があるように思う。だから、私が講演で呼ばれるときは、大抵、そいった話を求められる。

 

 経済合理性も重要だが、やはり哲学的議論や考えが重要だということを話すると、必ず次のような質問がある。

  「利益最大化をして何がいけないのでしょうか?」「経済合理性を追求して何がまずいのでしょうか?」私自身も若いときには、とくにミルトン・フリードマンの素晴らしい本を読んだときには、このようなことを大声で言いたかったものだ。

 

 しかし、いまはこのような質問を受けると、やはり質問者は経験不足か思考実験不足だと思う。特に、リーダーや意思決定を行う立場になると、やはり経済合理性だけを基準にすることができない問題に出くわすものだ。その問題があまりにも深刻なために、逆に経済合理性に逃げたい場合もある。

 たとえば、いまあなたがある中小企業の経営者だとしよう。日々、従業員たちに十分な給与を支払えずに、内心、申し訳ないと思っているとしょう。こうした状況で、防衛省から15年契約で地雷を生産してほしいという依頼があったとしよう。このビジネスからは多額の利益が安定して15年間得られることは間違いない。みなさんは、どうするのだろうか。世の中では、地雷撲滅運動が起こっている。それでも、経済合理性にもとづいて迷うことなく、契約するのだろうか?この問題に、科学は答えてくれない。

 

 また、いま自分の子供が難病になり、その治療費が非常に高い。それゆえ、家族の生活はかなり苦しい状況にある。しかし、日々、病院に通い治療を受けていれば、子供は生きていくことはできる。しかし、通院をやめれば子供は確実に死に至る。このとき、親として経済合理的に行動することができるのだろうか。この問題に科学は答えてくれない。

 

 経済合理性を追求して何がいけないのか?こういった質問を受けると、やはりもう少し経験や思考実験が必要ではないか?と思う。人間はだれでも、最後に自分の親の最後をめぐって、このような問題に出くわすのだ。そして、ほとんどの人が出す答えは、「お金の問題(経済合理性)ではないよね」だと思う。

 

 

2014年8月28日 (木)

科学的合理的議論か非合理的大和心か

いま、ロシアで世界柔道選手権が行われている。今年もルールが変更されて、まったく不適切な審判の判断によって多くの日本人選手が泣いている。それに対して、日本人の監督、コーチ陣は冷静だ。一応抗議はするが、最初からあきらめ気味だ。だから、抗議をしてもその態度はあっさりしたものだ。

 英語、言語の壁が厚いという理由はある。しかし、僕の本音としては、日本語でもいいから通じなくてもいいから非合理的にもっと激しく抗議をしてほしい。科学や論理学に負けてはいけないのだ。そんなものは、物事の表層しかとらえることができない。因果のフレームワークを超えることができず、無限後退するだけで、最後の原因を知ることができないのだ。

 信頼できるリーダーは、どこか一部こだわりがあり、非合理的なものだ。そして、そこに魅力がある。松下幸之助。価格はメーカーが決めるのだと頑張った。だから、価格は消費者が決めるとダイエーの中内功...さんを嫌っていた。ビジネスの定石としては、中内の方が合理的。しかし、松下幸之助の非合理的な発言の背後には、メーカーには多くの従業員を守る義務があるんだという信念がある。この非合理性にこそ、何か真理がありそうなのだ。 

 
 前にも書いたが、ある学者の妻である赤染衛門。学識ある夫が 彼女との会話で、乳母として奉公に上がった女性の乳が貧相なのを見て大丈夫だろうかという話をした。これに対して、妻である赤染衛門が「大和心」さえあれば、そんなことはたした問題でない、という歌を歌っているという。

 当時、男性を中心に学問が展開されており、それゆえ男たちは中国から入ってくる科学的知識に溺れていた。ところが、日本の女性は科学的知識以上に重要な知というのをちゃんとわかっていた。そして、それを女性である赤染衛門が「大和心」という言葉で表わしたというのが、小林秀雄の解釈。
   夫は、科学的な知識にもとづいて乳が出ないならば乳母としてうまく働けないのではないかと科学的に心配しているが、妻である赤染衛門の方はそんな科学的知識よりも、「大和心」があれば大丈夫だと述べているのだという。

2014年8月27日 (水)

科学的経営、哲学的経営、そして大和心

    最近、とくに科学と哲学の関係について、関心をもっている。米国流の科学主義的な経営学に対して、いくぶん哲学的な日本的経営をどのように守るべきか。

 
 米国流の科学的経済合理的マネジメントを追求すると、正当性や完全安全性を無視することが合理的という不条理に導かれる。これを避けるには、やはり日本人が好きな哲学的で人間主義的な(自由意志)マネジメントも必要だというのが、最近の私の考え。

 この同じことを、晩年、小林秀雄は、彼独自の言い方で繰り返し述べていたように思える。彼によると、日本の学者は常に海外から流入されてくる科学的知識と戦う宿命にあるという。

 昔は、中国から多くの科学的知識が流入してきたのだという。ある学者の妻であった赤染衛門。その夫が 乳母として奉公に上がった女性の乳が貧相なのを見て大丈夫だろうかと。これに対して、妻であった赤染衛門が「大和心」さえあれば、そんなことはたしたこ...はない、と歌ったという。

 小林秀雄よると、これが「大和心」という言葉がでてきた最初だという。中国から入ってくる科学的知識がなくても、「大和心」があれば、大丈夫。

 自分がいま探しているものはこれかな、と思った。では「大和心」とは何か。誠実さや真摯さに関わることであり、もののあわれを理解できる心でもある。こうして、ドラッカーやカントと結びついてもくるように思える。

 日本の経営者には、米国流の経済合理的マネジメントだけではなく、ぜひ「大和心」も持っていただきたいと思う。先に示した本田宗一郎のインタビューを見るたびに、何かそういったものを感じるのは、僕だけだろうか?

  「敷島の やまとごころを 人問はば 朝日ににほふ 山ざくら花」

2014年8月26日 (火)

『人間の自由と組織の本質』に関するゼミナール開講 参加者募集

 10月から、慶応MCCのアゴラ講座(東京駅丸ビル横)で『人間の自由と組織の本質』に関する講座を開きます。この講座は、ゼミナール形式で行います。詳しくは、以下のサイトを見てください。

●アゴラ講座

http://www.sekigaku-agora.net/course/kikuzawa_k.html

全部で6回、毎回、初めに私が以下のテーマで講義を行い、その後、参加者の意見や考えを聞き、相互に話し合うという形式で行っています。

一見、組織と人間の自由は相いれないものと考えている方が多いと思います。しかし、実は逆なのです。人間の自由を許容しないような組織は、実はきわめて脆弱で、壊れやすいものです。逆に、人間の自由意志を認める組織こそが最強の組織になることを議論していきたいと思います。

第1回 カントとヘーゲルの自由論と組織

第2回 ヴェーバーの「二つの合理性」が意味するもの

第3回 アーレントが示唆した「権威と服従」のリスク

第4回 ドラッカーが唱えた「自由な経済社会」と企業の役割

第5回 フロムが憂えた「自由からの逃走」

第6回 現代アメリカの自由が抱える諸問題

2014年8月23日 (土)

偉大なるドイツ学者たちはどこに

  野中郁次郎先生が日本発の経営理論としてナレッジマネジメントを世界に展開して以降。私を含め、多くの日本の経営学者の意識が変化したように思える。

 私の場合、傲慢になったように思える。特に、ドイツ人が野中先生のナレッジマネジメントを取り上げ、それを批判するのに対して、逆にいまの日本人が取り上げて批判する学説がドイツにあまりないように思える。

 こういった状況なので、傲慢にもドイツの経営学者には脅威を覚えない。ドイツで新制度派経済学のボスであるピコー教授の報告を何度も聞いたが、大したことはなかった。とにかく英語のなまりがすごい。  

 しかし、いまエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』などを読むと、やっぱりドイツ人はすごいと思ってしまう。あの偉大なドイツ人は、どこにいってしまったのか。それとも、私が見えてないだけなのだろうか?

2014年8月20日 (水)

最後に頼るのはルールか良心か

   いま高校野球で、大量得点で勝っているチームがさらに得点をあげるために徹底的に盗塁したことに疑問が寄せられている。  

「対戦相手を侮辱するにも程がある」  

 これに対する反論の中で気になったことがある。それは、「そんなことをやってはいけないというルールがないので、いいのだ」という主張だ。

 ルール主義や規則主義に、実は私は疑問をもっている。  ルールや規則、そして法律を守ることは、現代の法治国家では当然のことだ。だから、法律を学んだ人や会計を学んだ人は、ルール主義や規則主義になる。たぶん、そうすることが、正義だと思うのかもしれない。

 もちろん、ルールや規則を守ることは重要だ。しかし、私の経験では、このようなルール絶対主義の人々はリーダーに向いていない。彼らはルールや規則に逃げているのだ。ときには、思考を停止しているといいたいときもある。簡単なのだ。

 私がいいたいのは、今日、あまりにもたくさんのルールや規則や法律があり、実はほとんどの人間がそれを完全に守ることが難しい状況にあるということだ。だから、どこかでルール違反をしているのだ。無意識のうちに。したがって、ルール主義を徹底すると、どこかに矛盾おこる。  

  私は、人間は完全にルールや規則に従うことができないと思うし、またルールや規則も完全ではないので、常に変更すべきものだと思っている。

   したがって、われわれが最後に頼りにするのは、実はルールや規則ではなく、その人の理性であり、良心であり、誠実さであり、真摯さだと思う。ドラッカーの言葉を借りると、リーダーにはintegrityが必要だということ。

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

2014年8月17日 (日)

天皇の終戦の詔書よりも開戦の詔書に注目すべし

 個人的には、天皇による終戦の詔書よりも、開戦の詔書の方が実は重要な気がする。これを読むと、やはり侵略戦争という意図はなかったかもしれないと思ったりもする。

 

 日本のメディアは、終戦の詔書の一部だけを放送するので、ほとんどの日本人は、開戦の詔書のことを知らない。

 なぜ日本は戦争に向かったのか。いろんな歴史書や歴史家が議論しているが、この天皇の開戦の詔書から推測することも歴史的に意義が大きいのではないだろうか?

●開戦の詔書
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/1941-50/1941_kaisen_shosho.html

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

ペリュリュー島の中川大佐について

   さて、今年のお盆の番組は、NHKでもフジテレビでもペリュリュー島の中川大佐が取り上げられており、驚いた。もうネタがなくなったのだろうか。私は、中川大佐については、以下の本で書いた。

 NHKでは、洞窟陣地持久戦は、大本営からの...命令(陸軍か?海軍?共同?)とあったが、その正確性には若干疑問が残る。というのも、この戦法は、海軍の考えとは基本的に一致しないからである。海軍は、水際攻撃が終わると、自分たちの役割は終わるので、水際撃滅にこだわっていて、中川大佐とぶつかっていたはず。同じ陸海の衝突が、ラバウルで籠城する今村均のもとでも起こっていた。

 この点は、正確に調べる必要がある。私が読んだ戦史叢書では、もともと大本営は水際撃滅作戦を進めており、本土決戦でも水際撃滅作戦を指示していた。だから、九十九里の水際も強化していた。

 ところが、ペリリューの戦いで徐々に変化していったというような記述があったように覚えている。この戦いに関心をもっていた硫黄島も沖縄もさらに山下将軍のバギオも自律的に持久戦へと自律分散化していった印象なのだが・・・・

菊澤 研宗: 「命令違反」が組織を伸ばす (光文社新書)

菊澤 研宗: 「命令違反」が組織を伸ばす (光文社新書)

2014年8月11日 (月)

学会に参加する

    昨日は、特別講演の司会のため、経営行動研究学会に参加。実は、この学会は不思議な学会で、ふだんあまりみたことのない先生が多い学会。(たぶん、私の方が無知である可能性が高い。)

 今回も、知り合いが少なく、懇親会に出席するかどうか、迷う。数少ない知り合いの先生に、「知り合いがいなくて、不安」といったら、ジョークで「菊澤さんが知らなくても、向こうがみんな知っているよ」といってくれて元気づけてくれた。

 ということで、懇親会に参加。唯一の収穫は、今回の大会委員長である日本大学の松本先生と話ができたこと。なんと、松本先生は、私の不条理論の本をゼミで使ったことがあるという話で盛り上がった。実は、私も大学院生のとき、松本先生の論文をいくつか読んだことがあり、一度、お話ししたかったのだ。しかし、これまでなかなかお会いする機会がなかった。

 ということで、プチ満足することができた一日だった。

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

2014年8月 7日 (木)

天才より組織の時代では

  すでに何度が書いたが、日本ではいま「米国のように」スティーブ・ジョブスのような天才的個人を求めているように思える。最近、政府が変わった人を募集したら、本当の変人がたくさん集まったようだ。

 しかし、私が知る限り、いま米国の最先端企業では、「かつての日本のように」グループ、チーム、組織を重視しているように思える。私は社会学者は好きではない(分析が怪しい:理論がないので)が、いま米国では以下のような研究がよくなされていると思う。

 グーグルなど、かつての日本企業を思い起こ...すやり方をしている。(1)社員は必ず会社にくること。(おもちゃやお菓子などたくさんおいてある)(2)ジョブローテンションのような制度があること。すべて知的創造と関係しているようだ。

 日本政府は一時代前の米国を追っているのではないか?

 http://www.gsb.stanford.edu/news/headlines/daniel-mcfarland-what-is-secret-happy-collaboration

2014年8月 5日 (火)

理研の笹井氏の自殺は非常に残念です。

 今日、通信教育のお仕事を終えて、帰宅したところ、「理研の笹井氏の自殺」を知り、ショックを受けた。

  笹井氏の記者会見以来、私は彼の大ファンになった。それゆえ、非常に残念だ。

 くだらない質問ばかりする記者会見を見て、あんなに頭のいい人はバカな一般人の前にでないで、ずっと象牙の塔にいてほしいと思った。それゆえ、象牙の塔の存在を再評価したい気持ちになったほどだ。

  とにかく残念。かつての日本人のように、肉体(的苦痛)よりも精神(的苦痛)を回避する道を選択してしまったのだろうか。

 

 

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

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