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2014年5月

2014年5月27日 (火)

自由とヨーロピアン知の巨人

   先週末より体調を崩していたが、現在、かなり回復。この間、時間があったので、久しぶりにE.H.フロムの「自由からの逃走」やハンナ・アレーントなどを少しだけ読んだ。

   やはりこのころのドイツ、オーストリアはすごい。すごい人物がたくさんいる。しかも、相互作用している。ドラッカーなどもかかわっており、かつて、フロムとドラッカーは、同じニューヨークの女子大で教えていた。

 当時のヨーロピアンは、カント流にいうと、理論理性によって支配されつつあるヨーロッパに対して、いかにして実践理性的世界を守るか。つまり、自由を擁護するかだった。    

  現在の米国は、統計ソフトを使った実証主義的研究に明け暮れているので、思考停止状態になっている。ここからは、新しい思想は出てこない。完全に理論理性によって支配されているからだ。

 ナチスから逃れて、米国にたどり着き、そこに「輝くような自由」をみたかつてのヨーロピアン(知の巨人たち) には、現在の米国がどう見えるのだろうか?

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

2014年5月26日 (月)

ダイナミック・ケイパビリティについて報告予定

  5月の経営学史学会に続いて、 6月28日に早稲田大学で経営学会関東部会シンポジュムに招待され、報告する予定。

 
 テーマは経営戦略論。何を話すべきか、いろいろと迷ったが、今回は、私が米国留学で学んだ最新のダイナミック・ケイパビリティ論について、お話しする予定。
 

 私の考える少し癖のあるダイナミック・ケイパビリティ論を展開する予定。

 しかし、その前に、少し疲れがたまっているようで、先週から少しのどの調子が悪く、いま最悪の状態。早く直さないといけない状況。

 

 

2014年5月10日 (土)

デリダの脱構築はおもしろい

 いま、通信教育関係で、名古屋に来ている。来る途中に、統計学の本を読もうか、あるいはデリダの脱構築の解説書を読もうか、迷った。結局、デリダにした。

 

 面白い。やはり、私の想像していたことが書いてある。デリダの哲学は、ある意味で弱者の哲学だ。内容は、決して数学的な明晰性はない。しかし、魅力あることをたくさん述べている。

 

  昔の自分なら、一番嫌いなタイプの思想だ。しかし、いまは違う。歳をとったせいか。あるいは、米国でいろいろと体験したせいか。それは、わからない。なんとなく、いまは親近感がある。だから、「経営学の脱構築」ではなく、「脱構築の経営学」といったものを書いてみたいものだ。

 

  しかし、このことは、僕がポストモダン思想が好きだということとは、全然、違う。ポストモダンは、チョムスキーが言うように、いまでもペテン「Charlatan(チャラタン)」だという立場だ。

 

 

2014年5月 6日 (火)

知的廉直性に対する根源的裏切り by B.ラッセル

   バートランド・ラッセルが、女性のインタヴュアーから「なぜあなたは神の存在を信じないのか?」と聞かれたとき、彼は「その存在を証明する証拠が見つからないからだ」と答えた。

 さらにその女性は「実践的理由で(役に立つ理由で)その存在を信じる人もいると思いますが、・・・」これに対して、ラッセルは以下のようなことを述べている。

 「知的廉直性(integrity)に対する根源的不誠実と裏切りは、真偽ではあく、あくまでも役に立つ(実践的)という理由で、存在を信じるという行為だ。」

 この同じことを、現在、経営学で統計を駆使して相関命題をあたかも因果命題のように実証している人々に述べたい。それは、知的廉直性に対する根源的な裏切りである。

2014年5月 4日 (日)

フレームワークの神話

   K.R.ポパーの論文の中に、「フレームワークの神話」という論文がある。ここで、彼は相対主義を批判した。

 相対主義者は、同じ土俵(フレームワーク)でないと話し合いはできないという。同じ言語、同じ文化、同じ価値観でないと真剣に話ができないというのだ。だから、「あなたにはあなたの真理や価値や考えがあり」「私には私の真理や価値や考えがある」、互いに介入するのはやめましょうということになる。

  ポパーは、これに対して、言語が異なっても、文化や価値観が違っても議論はできるし、しなければならいという。そうでないと、最後にやってくるのは、「暴力」だというのだ。同じフレームワークが必要だというのは、「神話」だという。それは、「暴力」による解決を正当化することになるという。

 私は、このポパーの意見に賛成するとともに、以下のビデオを見てほしい。チョムスキーとミシェル・フーコーが英語とフランスで話をしている。とにかくすごい。フーコーは、英語が下手なので、フランス語で行くといって始まったようだ。

 私も、日本と韓国語、日本語と英語で話をしてみたい。

http://www.youtube.com/watch?v=i_jyKaqF9yc

6月11日 夕学五十講 慶応大学 丸の内キャンパスで講演

   私は、運が悪いと思っていたが、実は運が良くて、二度も米国で勉強することができた。1度目は、まだ若くて何の知識もなく、ひたすら米国経営学に迎合するだけだった。そこには、何の悩みもなかった。楽だったし、楽しかった。

 しかし、今回の2度目は違った。まったく違った。苦しかった。余計な知識が付いたので、米国経営学のScientismに迎合する気持ちにはなれかった。また、傲慢にも、自分の中で日本を代表する経営学者の一人かもしれないという意識もあって、日本人として安易な米国経営学界の科学主義には抵抗したい気持ちになった
 
 しかし、勝てない。英語の壁は厚く、高い。何か間違っているのに、米国経営学の権威の前に立ち尽くすだけだ。それは、アルジェリアからパリにやってきてヨーロッパ哲学の権威の前に立ち尽くしたデリダの気持ちだ。自分を崩壊させないために、彼は「脱構築」という哲学を生み出した。

 私にはそんな才能がないが、哲学的な論文を書いてみた。ネイティブのエディターと議論を繰り返し、ある程度、論文も完成した。しかし、彼から、この論文は非常に面白が、あまりにも哲学的でおそらく経営学分野の米国人は理解できないと思うという感想をもらった。

 このもやもやした気持ちを、6月11日の夕学五十講で、可能なかぎり、明確にお話したい。やはり、日本の経営には、経済科学的なマネジメントだけではなく、人間主義的なマネジメントも補完的に必要となることを。そうでないと、日本企業は「不条理の運命」から抜け出れない。

●夕学50講:関心のある方はぜひともご参加ください。

http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/2014/03/15_611_1.html

2014年5月 3日 (土)

本日は、菊澤ゼミ6期からいろいろと刺激を受けた。

 

 菊澤ゼミ第6期。水野君がゼミ長で、西村さんが副ゼミ長に決定したとの連絡を受けた。二人とも適任だと思う。これで、やっと菊澤ゼミの体制も整ったので、今後は、来年の7期をめぐって、みんながんばってくれるだろう。

 さて、米国から帰国し、恐ろしく多忙で、ブログも書けないほどだった。しかし、菊澤ゼミ第6期には、いろいろと刺激を受けている。

 これまで、ゼミで何度か拙著『戦略学』を読んだことはあったが、実は学生の議論から大きな刺激は受けなかった。

 

 しかし、6期はかなり詳細に読んでいるチームもあり、またいろいろと良い質問もあり、今日はいくつか「気づかされる」ことがあった。

 

 キュービック・グランド・ストラテジーに関する研究を中断していたが、再開しようかという気になった。

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