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2013年1月12日 (土)

研究と恋愛の関係

 研究者として若いとき、不思議な助言に会ったことがある。研究の方法論として、研究というのは、既存の研究を「批判」することからはじめる必要があるというのは、だれでも聞いたことがあるだろう。ところが、私の先生は、研究は恋愛と同じようなもので、「対象を「好き」ならないとだめだよね」といっていた。
 
 この一見矛盾するような助言をどう解釈するのか?答えは、簡単だ。嫌いな人物を批判しても面白くないし、良い研究は出てこない。広がらないし、浅い。やっぱり好きな人を批判的に研究すると、面白いことが発見されてくる。それは、「妄想」と紙一重だ。
 
 研究も恋愛と同じようなことがある。「他の人にはかわない。確かに、彼女には欠点がたくさんある。しかし、いいところもある。それは自分だけが観えるし、分かるんだ。・・・」ということを友人から相談されて、その洞察力と想像力、そしてその解釈に圧倒されることもある。
 
 そういったことをプロの仕事にまで洗練した唯一の人物がいる。小林秀雄である。彼は、批評家なのに、好きな人のことしか書いていない。ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎は、小林秀雄に自分の批評を書いてほしかったようだ。しかし、小林秀雄は書いていない。なぜか?答えは簡単だ。・・・・・
 
 社会科学者も同じところがあって、既存の理論の批判を通して矛盾を見出し、そこから彼がなぜそんな矛盾に行き着いたのかを探っていくと、答えが見えてくることもある。ポパーが自分の科学哲学(革新的だと思うが)はそれは単なるカント哲学の現代版だといっている、もしカントが今生きていたら同じことをいっているといっている。

ポパーは、カント哲学に問題を見出した。そして、なぜそのような問題にいたったのかも明確に認識した。その上で、彼の哲学が展開されているのだ。
 
 

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