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2012年10月21日 (日)

山中教授をめぐる「失敗は許されるか許されないか」議論

ノーベル賞を受賞した山中教授が、失敗の重要性を語ったところ、いろな議論が出ているようだ。賛同者も多いが、批判者もいるようだ。

批判の多くは、甘い学者の世界と違って、日本企業では失敗は許されないという議論だ。これは、かつて日米企業経営をめぐる違いの一つとしてよく語られた議論だ。つまり、米国企業では失敗は許されいるということだ。

しかし、いまはわからないが(いまもたぶん同じだと思うが)、かつて日本の有名企業(とくに金融関係)は、採用時にエリートグループ(たとえば同期40人から50人ぐらい)とそうではないグループに分けて採用していたようだが、このエリートグループの戦いは実は長期戦で、失敗しても再起可能なのだ。戦いは、長く続く持久戦だ。一度の失敗で、若きエリートをだめにすることはないのだ。

しかし、これに対して、そうではないグループは失敗は許されなかったかもしれない。かつて、私の友人がある会社に入社して、こういっていたことを思い出す。

「区切り区切りに試験があるのだが、失敗は許されないと考え、その試験のために熱心に勉強している同期がいる。しかし、結局、そんなものは関係ないのだ。もう決まっている。自分は、一度ぐらい失敗しても大丈夫なんだ」と。

しかし、いまは日本企業も相当変わったかもしれない。しかし、私と同じ世代がいま会社の上層部にいることを考えると、安定している企業はそれほど変化していないのではないかとも想像してしまう。

いずれにせよ。面白い議論だ。

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