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2012年7月 8日 (日)

優れた論文は報われるかーポパーとクーン

若いときは、ポパーの科学哲学を唯一絶対的に優れているという立場に立って議論をしていた。もちろん、いまでもポパーがいいと思っている。

ポパーの良さは、可能な限り論理的に議論を進めている点である。科学の目的、科学の方法論、すべて論理的に分析し、非合理的な要素を最低限にとどめている。若いときには、このポパーの科学哲学の論理性や切れ味のよさに魅かれるものだ。

ところで、若い経営学者は、(私も昔そう思っていたと思う)とにかくすごい論文を書けば、あるいは非常に論理的で革新的な論文を書けば、きっと学会で認められると思うかもしれない。学会の偉い先生や長老たちがみんな認めてくれ、そして将来高い地位が約束されるだろうと思うかもしれない。

しかし、それはポパーの科学哲学と同じで現実とは異なるのだ。確かに、理想としてはそうあるべきだと思う。(数学の世界はそうかもしれないが)しかし、年をとるとわかるのだが、現実はそうではないように思う。

これは、経営学だけではなく、社会科学だけではなく、自然科学でもそうなのだ。やはり、学会で認められ、社会で認められるには、きわめて非合理な要素が必要なのだ。もちろん、運も関係していると思う。

だから、いくらすごい論文を書いていても、いくら革新的な論文を書いても、それだけでは、そもそもだれも論文を読まないのだ。それは必要条件であっても、十分ではないのだ。残念ながら、無視される可能性も高いのだ。では、無視されないためにはどうしたらいいのか。

実は、何か非合理なものが必要なのだ。そういう非合理的な要素に関連してそもそも自然科学は発展してきたのだという科学史的な議論を展開しているのが、クーンのパラダイム論なのである。彼は、科学の歴史はポパーがいうように論理的に発展していないというのだ。やはり人間組織が関係してくるのだ。

クーンはいろんなことを言っているが、要は理論や論文の内容だけではなく、科学者自身も魅力的でなければならないということだ。人徳があるとか、真摯だとかいったものかもしれない。あるいは、この人の話なら一度聞いてみたいとか、この人の論文なら読んでみたいとか、この人のもとで研究してみたいとか、そういった非合理的な人間的な魅力も必要なのだ。

だから、クーンのいうパラダイムとは、大雑把にいえば、二つの要素からなっているのだ。一つは、理論の内容自体(これは合理的な部分でこれは絶対に必要な)であり、もう一つはその理論を宗教のように信奉してくれる権威ある科学者集団(これは非合理的な部分)の存在である。この二つが、必要なのである。

企業でも同じことが起こっているかもしれない。いくら優れた発明や発見をしてもその発見者に何か人間的な問題があると、周りがそれを製品化するように動いてくれない可能性が高い。つまり、パラダイムを形成できないのだ。

学問的な内容だけではなく、人間的な魅力を持っている人たちのひとりとして、そしてパラダイムを形成している人として、私は野中先生やデビット・ティースを挙げたいと思う。

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

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●上記の『組織の不条理』の文庫版

菊澤研宗: なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理

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菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

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