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2012年1月

2012年1月29日 (日)

ソニー生命でのドラッカー講義

昨日は、ソニー生命で、ドラッカーの講義をさせていただいた。長時間の講義で、また哲学的な講義であったにも関わらず、みなさん熱心に聞いていただき、感謝している。

いろんな質問がでた。こちらが学ぶべき質問もあり、とても有意義であった。この講義が役に立ったのかどうかわからないが、ドラッカーのマネジメントは実はソニーのマネジメントとマッチしているのだ。

ドラッカーが好きだった日本の会社の一つが、ソニーだったと思う。これだけ、顧客の創造を行った企業はないからだ。ソニーのファンは世界中にいる。

経営哲学学会: 経営哲学の授業

2012年1月27日 (金)

出版社の方向はこれ

出版不況と言われて久しい。いまでは、1万部売れるとヒットらしい。どの出版社も大変だから、とにかく1万部を売るような作家を探し始めるだろう。そうすると、方向は簡単だ。

学歴の高いスターや俳優を使って本を書かせることがもっとも効率的な方法となる。もちろん、背後にはたくさんのライターが控えている。

ジャニーズのNWESのメンバーが小説を書いたようだが、販売前から重版となったらしい。初版が5万部で、さらに1万部印刷するようだ。

これは、一つのビジネス・モデルといってもいいだろう。今後、このような本が増えるような予感がする。水島ヒロ流のビジネスモデルだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120127-00000023-mantan-ent

職業作家は大変な時代だ。

経営哲学学会: 経営哲学の授業

2012年1月23日 (月)

大学センター試験の意味がわからない

今年の大学センター試験はトラブルが多い。準備不足やマニュアルの不備などいろいろでている。挙句の果て、大学教員の試験意識が薄いなどという意見も出ている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120123-00000077-jij-soci

私の時代は、センター試験はなかったので、よくわからないのだが、そもそも全国いっせいに同じ試験を行うこと自体が不思議だ。

たぶん文科省は個性とか多様性を重視しているように思うが、センター試験はそれとは真逆の発想だ。

昔のように、各大学が自由に試験を行えばいいのだ。まさに、多様だったのだ。いまは、センター試験の後は、子供たちがあたかも株取引や為替取引を行うように、自分の得点と各予備校が発表するデータをみて、予想を立ててリスキーな行動をとる。いったいこれはどういうことか?

そもそもセンター試験は何の役に立つのか?私にはよくわからない。わかるのは、ここまできたらやめることができないという不条理さだけである。撤退するには、多くの職員を首にしなければならない。天下り先もなくなるのかもしれない。まさに、ガダルカナル戦と同じで、後戻りできないのだ。交渉・取引コストが高いのだ。

昔は、確か「統一試験」と言っていたように思う。たぶん、国立大学が旧帝大の一期校と二期校に分かれ、差別があったので、統一試験を導入したとか、ドイツの大学入学資格試験(アビツアー)をマネしたとかいっていたが、結局、いまはその意義も薄れて、名前も「センター試験」だ。

こいう体制はいつまで続くのか。いま秋学期入学が問題になっているが、この試験システムも問題なのではないか?しかし、変革コストはあまりにも高い。不条理な世界だ。

経営哲学学会: 経営哲学の授業

2012年1月22日 (日)

●●賞について

最近、芥川賞を受賞した田中氏の言動や態度が話題になっている。

http://news.goo.ne.jp/article/nbonline/business/nbonline-226297-01.html

とくに、石原都知事との関係が面白い。

私自身は、石原都知事の意見に近いのだが、**賞というものについて、反感を買うような意見をもっている。

私は、経営哲学学会の会長をしていた。学会にも賞はある。賞というのは、優れた業績を挙げた人に与えるべきものだ。これは原則だ。(経営哲学学会では、7人審査委員が会合を開かず(談合をさけ)、対象論文を読み、それぞれ点数をつけて、その合計点で受賞者が決定される。これは意外にいい。会議を開かない方がいい。政治的に動く人がいるので・・・)

しかし、奇妙なもので、そのある時点でいい作品や業績を挙げても、今後もそうかというと不安な人もいる。その1点だけで、たぶんこれまでもだめで、今後もダメという予感がする人もいる。

そういった人たちに賞を与えると、その賞自体の価値が上がらない。ある学会の賞はそういった人に与えているので、価値が低く、だれもほしいとは思わない。すると、アジア系外国人が頑張るので、いつも外人が受賞する。

これに対して、多少内容はなくとも、その所属大学がいいとかということも踏まえて、今後もたぶん活躍すると思う人に、賞を与える。全部の人が今後も有名になることはないが、かなりそうなる。すると、その賞は価値がでるのだ。あの人ももらった賞だとか、この人ももらっているとかなる。

さらに、受賞しその後有名になった学者はたくさんメディアに登場し、その受賞を経歴に書くので、その学会も有名になるし、その賞の存在もさらに広く知られていく。すると、若い人もその賞がほしくなる。こういった循環となる。

賞について、みなさんは、どう思うだろうか。最近の芥川賞はどうだろうか。昔は、大学受験で、芥川賞を受賞者の名前を覚えたが、いまではそんなの不要だと思うのだが・・・

経営哲学学会: 経営哲学の授業

2012年1月19日 (木)

1月13日と18日 全労済での講演

1月13日と18日に全労済で講演をさせていただいた。旧日本軍のインパール作戦の事例から、いろんなインプリケーションを引き出す内容のお話をさせていただいた。とくに、私の著書『組織は合理的に失敗する』に関わるような話をさせていただいた。

このような話が実際にどの程度役に立つのかわからないが、みなさん熱心に耳を傾けていただき、とても感謝している。

私自身は、旧日本軍の事例からまだまだ沢山のことが学べると思っている。それは、単なるの歴史の一ケースを越えた内容を持っていると思っている。つまり、現在でも起こりうるおおくの現象が見いだせるのである。

こういった研究分野も途切れずに残ってほしいと思うのだが、私以降、経営学分野ではほとんどいないかもしれない。私自身は、この分野の研究を野中郁次郎先生から継いでいると勝手に思っている。こういったことを、野中先生の前でも、ときどき冗談でいっているのだが、今後はどうなるかわからない。

2012年1月16日 (月)

二つの自由の意味とネット社会

自由という言葉は誰でも知っているが、その意味を知っている人は少ない。実は、いろんな意味があるのだ。大胆にあえて、整理すると、以下の二つに区別できる。

(1)神様の自由(ヘーゲル的、全体主義的)

これは無制約になんでもできることが自由だという意味。

この自由の本当の意味について考えてみよう。まず、無制約という言葉に注目してみよう。制限がないというのは、たとえば無限に広がる空間をである。そのなかには、人間も動物も地球、火星も太陽もみんな含まれる。すべてのことであり、無制限な全体のことである。外に何もないので、無制約なのである。この無制約な全体ができることは、自らが自らを規定することだけである。これが全体主義の自由であり、全体とは、たとえば神さまであって、人間ではないのだ。

もし私の会社が巨大化し、外にライバルのない無制約な全体的な存在になるならば、その従業員である私もその無制約な自由の恩恵にあずかれる。だから、私は会社のために個人を犠牲にする、という全体主義の考えに至るのだ。

(2)人間の自由(カント的、個人主義的)

自律という意味での自由。他の原因にとらわれずに、自ら選択し、それを実行することを自由という。この場合、その選択された行為に失敗したとき、その行為の原因は自分にあるので、その自由な行為の責任も自分にあることになる。この意味で、その行為は道徳的でもある。

さて、私がいいたいのは、ネットの世界に対して規制を与えようとすると、(1)の意味での自由を持ち出す人が意外に多いように思えるのだが、どうだろう。(1)の意味で問題なのは、「責任」という概念が成り立たない点なのだ。

私は(2)意味の自由を支持している人間なので、(1)のような議論を展開する人々に違和感を感じるのだ。

最近、「ステマ(ステルス・マーケティング?ネットの匿名性を利用し、誤った情報をネット上に流して、ビジネス上の競争優位を得ようとするマーケッテングの方法)」という現象が起こっているが、この現象をめぐって批判的議論がでたとき、その本当の意味も知らないで、(1)の意味での自由をもちだして擁護する人がでてくるかもししれない。

しかし、私は、そのような議論を認めない。

経営哲学学会: 経営哲学の授業

2012年1月12日 (木)

NHK平清盛の件

 井戸敏三兵庫県知事がNHK大河ドラマ平清盛について画面が汚いという発言を行い注目を浴びている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120112-00000013-ykf-ent

 

 この記事がすぐに目にとまって、おもしろいな~と思った。というのも、大河ドラマが始まるまえから、つまりその宣伝の画面から、別の人から「今回の平清盛はなにか汚い感じがする」というコメントを聞いていたからだ。

 

 そんな感じだったので、実は私も見る気がなくなっていたのだ。そうした折、同じ発言をする人がいたので、驚いたのである。

 

 私は、上記の理由で、初回を見てないが、今度は見てみたいと思う。

 実は、私は龍馬伝のときにそう思った。そもそもストーリーがフィクションなのに、なぜ画面をセピア色にしてより現実的にするのかわからなかった。それだったら、はじめから福山雅治などかっこよすぎてあわないのだ。また、あのときも、三菱の総帥である岩崎弥太郎が少し汚かったように思う。

 

 いずれにせよ、違った意味で平清盛に関心をもった。

経営哲学学会: 経営哲学の授業

 

2012年1月 9日 (月)

小泉元首相と橋本市長のすごい点とは

今日、テレビでいわゆる政治評論家たちが小泉元総理、橋本大阪市長のすごさについてコメントしていた。

みな、両者とも敵を明確にし、それを批判する形で議論を進める点、あるいは主張が非常に明確でわかりやすいという点などなど。いろいろと説明していた。いろいろと言っていたが、いずれも政治的なテクニックがうまいという点では、同じことをいっていた。

確かに、そうなのだろうと、ノンポリの私は思った。しかし、私は政治のプロではないので、違う意見をもっている。私の考えは単純だ。

彼らの本当にすごいところは、そんなテクニカルな点ではないと思う。彼らのすごさは、主張していることを本当に実行してしまう点なのだ。その実行力にすごさがあるのであって、政治的なテクニックではないと思う。そんなものはどうでもいいのだ。

街でインタビューをしていたが、いまだに小泉首相の名前がでていた。

彼だと、まず議員定数の削減をしてくれそうなのだ。彼ならば、予算の無駄使いを阻止してくれそうなのだ。また、橋本市長ならば、税金を年寄ではなく、次の世代の子供の方にお金を投資してくれそうなのだ。(私は大賛成、年寄のバス代無料ではなく、小中高の学生通学無料を実行してほしい)

みんな票がほしくてできないのだ。ところが、あの二人はそんなことを考えずにやってしまうのだ。政治家という商売にこだわっていないからだ。

そこに、彼らのすごさがあるのだと思う。

経営哲学学会: 経営哲学の授業

 

2012年1月 8日 (日)

AKB48とCGS戦略

 かつて、ブログでyou tube で音楽が流されると、楽曲が共有され、その所有権が不明確となる。そうなると、当然、CDは売れなくる。そして、作曲家もはじめからいいものを作らなくなると論じたことがある。

 しかし、このyou tube を戦略的に利用する方法が出現した。それがAKB48の戦略だ。

私は、多元的世界観を前提とする多元的アプローチとしてキュービック・グランド・ストラテジーを提案している。それは、世界を以下のように三つに区別する。

(1)物理的世界 われわれの五感でその存在を認識できる世界、体、物、物質、におい、色など

(2)心理的世界 心の世界

(3)知性的世界 われわれ人間の知性によってその存在が認識できる世界、たとえば本の内容、理論の内容、権利、制度、法律、など。インターネットの世界なども。

これら三つの世界を前提にして、三つの世界に対して立体的にアプローチすることが勝利のカギになるという考えである。

この戦略論からすると、

(3)AKB48の戦略は、知性的世界に対してyou tubeを利用してただで映像や歌を流す。そして、多くのファンを作る。

(2)その結果として、心理的に実物に会いたい、実物と話をしたい、握手したいという心理になる。

(1)最後に、CDの付録として、握手権やポスターなど付録をつける。このとき、付録は物理的世界に関係するものに限る。

つまり、最初から、楽曲を売ろうとは思っていないのだ。それは、ガムやお菓子はどうでもよく、おまけがほしくて購入する駄菓子と同じロジックだ。主役が主役ではなく、脇役が実は主役である商品なのだ。

顧客も、CDの入った曲を購入しているのではないのだ。その付録としてついている、実物との握手する権利、話せる権利といったどちらかといえば物理的世界の商品を購入しているのである。

非常に面白い戦略だ。これも、キュービック・グランド・ストラテジー(立体的大戦略)の一つなのだろうと思う。

キュービック・グランド・ストラテジーを知りたい人は以下を参照。

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)
キュービックグランドストラテジーについて知りたい人はこれを読んでください。

2012年1月 7日 (土)

野中先生との共同研究の現状

昨日、野中先生と会った。相変わらず元気そうだった。いま、野中先生と共同研究を進めている。

それは、野中先生のナレッジマネジメントの効率性を組織の経済学で論証する研究である。

(1)その第一弾は、すでに『一橋ビジネス・レビュー』で公表した。それは知識ベース企業の境界問題を解くものであった。これは戦略論に関する論文である。

(2)第二弾もすでに完成している。これは、ナレッジマネジメントのミドル・アップ・ダウン・マネジメントの効率性を証明する論文である。これは、管理論の論文である。近々に公表する予定である。

(3)第三弾が、現在着手している組織論の論文だ。ナレッジマネジメントの組織デザイン論としてのハイパーテキスト型組織の効率性を証明する論文である。

これまで、野中先生のナレッジマネジメントは、社会学的あるいは経営学的に論じられてきた。しかし、経済学系の人々からその効率性や実現可能性については幾分疑問に思う人もいた。

しかし、今回の研究で、まさにいまはやりの組織の経済学や新制度派経済学によって、その効率性が論証されることになる。

関心ある人はぜひとも注目していただきたい。

●第1弾の論文は以下です。

知識ベース企業の境界設定: 一橋ビジネスレビュー 59巻1号(2011年SUM.)

知識ベース企業の境界設定: 一橋ビジネスレビュー 59巻1号(2011年SUM.)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤研宗: なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理

菊澤研宗: なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理

不祥事と経営者の任期

1990年代以降、企業不祥事が多発した。そしていまもオリンパスが注目されている。コーポレート・ガバナンス問題である。

これまで、不祥事を抑止するために、いろんな制度変革がなされてきた。会計監査制度の改革。株式市場をめぐる改革。取締役会をめぐる独立役員制度など。

さらに、制度的な不備はあるだろう。

しかし、最終的には経営者個人が自分で自分を律してほしい。社会人大学院生と話をしていると、とくに日本の優良企業ではだれが社長になってもそれほどかわらないという声を聴く。おそらく、年功序列にしたがってあるいはあるルールにしたがって前社長が新社長を選ぶのだろう。

これをどう解釈するか。

やはり、優良企業は安定しているのだなあと思うかもしれない。私は、悪い人間なので、社長って簡単なんだなあ~と思う。たぶん日本では、サラリーマン社長の任期は4年か5年だろう。もちろん、社長は忙しいだろう。そんなことは分かっている。

私がいいたいのは、サラリーマン社長でも最低10年やってほしいということだ。まさに、その社長のカラーを出しほしいのだ。10年あればだせるだろう。これは、GEのやり方だ。

GEの場合、社長の任期は長い。それゆえ、責任が重いのだ。ある社長はGEを金融会社にするこもできる。あるいは、エジソンの時代のように家電の会社にすることもできる。自由である。しかし、その自由に対する責任は重い。何もしない社長はでは困るのだ。外部から批判されるだろう。10年以上の任期はあまりにも長い。だからこそ、ふつうの人はなれないし、選ばれない。逆に、普通の人はなりたくないだろう。あまりも責任が重くて。

日本の優良企業も社長の任期を10年以上にすれば、社長の選択は慎重になるだろう。また、10年もやれば悪事もばれるし、会社はつぶれてしまう。なにもしなければ、株主から文句がでるだだろう。まさに、選ばれるべき人が選ばれるだろう。

2年や3年の任期なんて、だれでもやれるのだ。何もしないでも時は流れる。実に簡単なことだ。悪事も次の世代に受け継がれる。無責任だ。存在感がない。それは、単に給料の高いポストという意味しかない。日本の社長の存在意義を示すために、サラリーマン社長の任期はぜひとも10年以上にしてほしい。

私は、そういった人事を日本の優良企業に強く求めたい。

菊澤研宗: 比較コーポレート・ガバナンス論

菊澤研宗: 比較コーポレート・ガバナンス論

菊澤研宗: なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理

菊澤研宗: なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理

2012年1月 5日 (木)

名門イーストマンコダックが倒産の危機にあるーダイナミックケイパビリティ

名門イーストマンコダック社が倒産の危機にある。信じられないことだ。それほど、米国経済は危険な状態にあるのかもしれない。

個別企業の観点からいえば、カメラ・フィルム関連企業は、デジタルカメラの登場によって大きく環境が変化していた。この変化は、昔、レコードからCDに変化したのと同じぐらい早く、大きなものだ。この変化に、対応できなかったレコードの針を販売していたナガオカは倒産した。

同じように、富士フイルムも大変な状況にあったはずだ。しかし、富士フイルムは化粧品業界に進出している。これはものすごい戦略的な変化だと思う。コダックはどうだったのだろうか。私は不勉強で、正確にはわからないが、おそらくデジタル化の波に乗れなかったのだろう。

両社の違いは何か。それが、ダイナミック・ケイパビリティなのだ。環境の変化に対応して、いかにして既存の資源を再構成できるか、オーケストレイトできるか。これである。

David J. Teece: Dynamic Capabilities and Strategic Management

David J. Teece: Dynamic Capabilities and Strategic Management

経営哲学学会: 経営哲学の授業

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菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤研宗: なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理

菊澤研宗: なぜ「改革」は合理的に失敗するのか 改革の不条理

2012年1月 1日 (日)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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