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2011年3月23日 (水)

単に美談を披露しているのはなく、むしろ実践理性の存在に感動している。

 これまで、決死の行動をしている自衛隊、消防隊、現場の社員の人々について書いてきた。おそらく、表面しかみていない人は、私が美談のオンパレードを書いていると思ったかもしれない。

 しかし、私が今回の震災や事故で見せつけられているのは、やはり人間には「実践理性」があるんだという点だ。そして、この実践理性の行使こそ、合理的な失敗を避けうるカギなのだ。

 カントによると、人間には二つの理性がある。

(1)理論理性=「Aならばbである」という因果法則を認識し、それに従って行動する理性。損得計算する計算理性だ。このような理性に従うことをヴェーバーは「目的合理性」と呼んだ。というのも、「Aならばbである」という因果命題は、「bのためにAできる」という目的論的命題に変換できるからである。

このような理性に従う人間は、他律的なのだ。常に、Aならばという条件付きで行動する他律的な人間だ。あるいは、bという外の目的のために行動する他律的な人だ。お金のために・・・・、名声のために、・・・、罰則制度があるために・・・・、それは、力学的に動く機械と同じであり、棒でたたこうとすると、逃げる動物と同じだ。それゆえ、このような行動だけをする人間は実は人間的であはない。これがカントの考えだ。

こういった理論理性にだけしたがって行動する人間は、合理的に失敗する。このことを私は、何度も述べてきたのだ。

この不条理を回避するには、もうひとつの理性が必要なのだ。それが、実践理性だ。

(2)実践理性=「Aすべし」という定言命法にしたがって、自ら自律的に行為させる理性であり、自由意志である。このような理性に従う行為をヴェーバーは「価値合理的」と呼んだ。計算合理的に失敗しないために、この自律的な理性が必要なのだ。無条件の行為だ。死を恐れぬ、決死の行為だ。お金のためとか、名声のためとか、もし行かなければ、だれかに処分されるから・・・といった他律的な行動とはまったく異なるのだ。

そんな実践理性など人間に存在するのか?お金や名声にとらわれない行為なんてないのではないか?という人は多いだろう。

しかし、私は今回の震災や事故をめぐる様々な人間の行為をみて、やはりそのような理性はある、実践理性は存在すると確信した。

もっと詳しく知りたい人がいれば、宣伝して申し訳ないが、新著『なぜ改革は合理的に失敗するのか』朝日新聞社の最後の章を読んでほしい。カント哲学に依拠して書いたつもりである。

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11)ポパーとカントの哲学」カテゴリの記事

コメント

また、お邪魔します。
特攻隊のような
無条件の行為、死を恐れぬ、決死の行為だ。お金のためとか、名声のためとか、もし行かなければ、だれかに処分されるから・・・といった他律的な行動違う。実践理性=「Aすべし」という定言命法にしたがって、自ら自律的に行為させる理性であり、自由意志である。
は日本にはたくさん起きます。
先生が取り上げている、日本の過去の失敗例はこれではないはずです。
原発対策に日本の総力を出さず、一部の勇士に頼っている不甲斐ない合理や不甲斐ない決断を起こさせないために先生の研究は必要だと思います。

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