大学生の就職率60%以下の意味
最近の大学学生の就職率は60%ということで、日本は大変な不況にあるといわれている。確かに、私もゼミの学生をみていても昨年よりも今年の方が就職は難しい感じがした。
しかし、別のデータもある。一方で、大企業には希望する学生の50%しか就職できないが、他方で、中小企業には3倍か4倍の求人があるという。これはどういう意味か。
本当に、就職難なのか。慶大でも、最終的な就職率はそれほど大きく低下していないようだ。しかも、就職先も大きく変化していないというデータでているようだ。
だから、いま、自主留年制度をめぐってもめている。いまは、不況だから、学生が自主的に留年できる制度をつくるかどうかだ。(この制度は、大学の基本理念に反するので、抵抗があるのだ。)
確かに、今日、1人の学生が3,4の内定をもらうことはないかもしれない。しかし、内定の数は減っても、マクロ的にみれば、落ち着く先にそれほど変化がみられないということだ。
以上のことから、大変、大ざっぱで、まったく経験科学的ではないのだが、実は大学が多すぎるのではないかということだ。特に、最近、就職ができない学生が専門学校に大量にいきはじめているらしいが、それはもともと専門学校に行くべき人たちだったのではないか?
大学を卒業すると、どうしても中小企業は避けて、大企業に入りたいものだ。いま、同年代の60%ぐらい大卒らしいが、これが半減すると、バランスは良くなるのではないかなどと考えてしまう。もうしわけないが・・・
この同じ現象が大学院でも起こっている。博士課程をもつ大学が多すぎるのではないか。とても博士と呼べるような人材がでないような大学でも博士課程があり、しかも博士号を出している。一度、博士課程を作って博士がゼロだと、文部科学省から補助金がもらえないから、無理矢理でも博士を作ることになる。こうして、「博士」という資格はインフレ状態となるのだ。
いずれにせよ。私は大学が多すぎるように思える。その理由をみなさんは知っていますか?私は知っている。
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その理由とはいかなるものなのでしょうか?大学の数を減らすためには、現実的にどのような方法が必要とされているのでしょうか?
あえて、一見すると大学数を増やすことで教育・研究の機会が増えているようで、大学数を減らさずに大学や社会のシステムをもっていくことを考えるとすれば、その可能性はあるでしょうか?
私個人的には、社会的にもう少し経済的な就職アプローチができるような気がします。どのような方法かはわかりませんが、応募者、採用者側ともに疲弊している様な、社会的コストが大きく感じられます。1%の大企業に集中してしまうのは、人間として当然なのかもしれませんが…
投稿: hidekijedi | 2011年2月 8日 (火) 午後 01時29分