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2010年11月22日 (月)

白熱教室の悪影響

今年は、サンデル教授の白熱教室が話題を呼んだ。私も面白いと思った。しかし、問題はなぜ白熱教室が注目されたのか。おそらく、以下の二つのどちらかだ。

1)方法:先生と学生との相互作用する講義の仕方。

2)内容:議論の対象となった政治哲学的な内容。

 おそらく、二つのとも衝撃的だったのだろう。しかし、根本的に重要なのは2)だと思う。というのも、1)については昔から米国の大学ではそうだといわれていたからだ。2)は現代の何とも言えない、先の見えない、この時代に、哲学的な何かが光を与えてくれるのではないかという期待があるのかもしれない。

1)に感動していている人は、あえて言わせてもらうが、幾分、安易な人だ。残念ながら、政府や文科省、そしてNKHも、この手法に関心をもっているのではないかと思う。

 なぜ安易なのか。米国の大学にいけばわかるのだが、授業中に学生と議論しているような授業は大抵レベルが低いのだ。つまり、理論がないかしっかりした体系的知識のない学問だ。申し訳ないが、私の経験では「***」の講義ではそうだった。

 しかし、経済学、ファイナンスなどしっかりした学問では議論など無理だ。米国の大学でも一方的な講義だ。だから、そんな手法にだまされてはならないのだ。

 だから、その手法を日本でもやってみたというテレビの放送をみたが、経済学部や商学部の学生からすると、あまりにも知識がなさすぎて、議論するまえに知識をつけてほしいという感じになった。

 ハーバード・ビジネス・スクールでも、学部卒だけでは入学できない。実務経験が必要であり、実務で十分知識を具備した人間がはじめてケースをめぐって議論するし、できるのだ。学部の学生では、無理なのだ。

ということで、1)にあまり気をとられず、そしてまた強調しないように、お願いしたい。

しかし、講義を議論形式にすると、先生はとても楽だ。これでほとんど時間が過ぎていくのだ。そして、黒板に書いたりしていたら、90分のうち60分が終わるだろう。(実は、90分間フルに先生に話しをさせれば、その先生の本当の実力はわかるのだ。)

では、白熱教室のような方式は必要ないのか。もちろん、必要だ。ではどうすればいいのか。

私の答えは簡単だ。

白熱教室は、ゼミでやればいいのだ。

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