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2010年9月13日 (月)

首相が早く変わるのは良くないというが、首相が何人変わろうとたいした問題ではないと思う。

 民主党の党首選挙が事実上の首相選挙だ。この選挙をめぐってよく出てくる議論が、首相があまりにも早く変わるのは問題だという発言だ。

 私は、このような発言はまとわずれだと思う。問題はそんなところにはないのだ。われわれにとっては、誰が総理になろうと、いま起こっている政治経済問題を少しでも緩和でき、解決できる人物がいれば、だれでもいいのだ。首相があまりにも変わるのは早すぎるという理由で、能力のない人を総理にし続けるのはおかしいだろう。(もちろん、菅内閣が問題解決をスムーズに行うのであれば、菅内閣でいいのだ。)

 総理の数という観点が、おかしいのだ。むしろ、総理を変えられる日本は状況適応であるといっていもいい。止まっている方が異常なのだ。この変化の激しい時代に。マイナーチェンジは常に行う必要があるのだ。むしろ、外国から日本の首相はよく変わるというイメージをもってもらってもいいと思う。

 そういうと、信頼感をなくすというが、それは日本的な発想だ。彼らは契約主義だ。人が変わろうと、契約や約束を守っていればいいのだ。

 もちろん、この意味では、今回の基地問題は米国に不信感を抱かせたかもしれないが・・・。それは、首相がかわったからではなく、約束を守らないかもしれないという点の問題なのだ。

 変化の回数が多すぎるのは異常だという考えこそが、異常なのだ。われわれは完全合理的な存在ではない。

  

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