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2010年8月16日 (月)

Institutionをめぐる全体主義と個人主義

 英語を日本語に翻訳するときに、立場によって異なる訳になる言葉がある。それは、Institutionという言葉だ。ある人は、「機関」と訳し、別の人は「制度」と訳する。

 Institutional investorsは、前者だと、「機関投資家」であり、後者だと「制度的投資家」となる。具体的にいえば、生保やファンドなどのことであるが、どこが異なるのか。

 前者は方法論的全体主義(元マルクス経済学者が多い)の訳であり、後者は方法論的個人主義の訳である。

 方法論的個人主義とは、現象を分析するとき、最小基本単位を明確にし、その集合として現象を分析する方法である。それゆえ、制度的投資家とは、個々人の投資家の資金を制度的に集めて投資する存在という意味になる。あくまでも個人が基本単位。

 これに対して、方法論的全体主義とは、まずはじめに全体があると仮定する。それが、機関だ。それは個々人から構成されたものではなく、個の総和以上のものであり、まさに全体的存在なのだ。この立場に立つと「機関投資家」という言葉になる。

 私は、マルクス経済学者ではなく、しかも方法論的個人主義なので、「機関」という全体主義の訳には非常に抵抗があり、少しわかりずらいのだ。

 とくに、ドラッカーの翻訳を読むときには・・・・・「機関」という言葉が多くでくるので・・・・違和感を感じのだ。

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