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2010年7月 1日 (木)

国のためか、自分のためか

 昨日のワールドカップの視聴率は予想通り50%を超えた。すごい視聴率だ。

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-69923/1.htm

 紅白歌合戦の視聴率は下がり、NHKの大河ドラマの視聴率も下がり、NHKの朝ドラの視聴率も下がり、もうおそらく戻ることはないだろう。

 それに代わって、視聴率が伸びているのはスポーツ関係だ。昨日の試合は残念だったが、日本代表は良くやったと思う。全員が目立っていたと思う。まるで甲子園の高校野球を見ているようで、今回の日本代表チームは試合に勝つたびに強くなっていった。

 しかし、もっと良かった点がある。今年の日本の選手の多くが明らかに日本を背負って戦った点だ。明らかに国を意識していた。集団主義といわれようと、全体主義といわれようと。日の丸は重いといっていた選手もいた。日本のために! これが良かった。

 私が嫌いなのは、一昔前にいた日本代表選手たちだ。日本的な全体主義は古いと思っていたのだろう。インタヴューを受けるといつも、「自分は日本や国のためにサッカーをするのではない。自分のため、自分が楽しめればいい」と答えるのだ。このような個人主義的な考えが新しいと思っていたのかもしれないが。

  しかし、これこそ古いのだ。

 私は徹底的に日本代表は日本を背負ってほしいし、国のために戦ってほしいと思う。恐ろしいプレッシャーを感じてほしい。かつて、長嶋茂雄は、こういったプレッシャーを感じること、それが楽しいんだ、プレッシャーを楽しむとさえ言っていた。これぞ本物といいたい。一流のプレイヤーなのだ。そして、そういったプレッシャーを背負ってプレイをしている選手にわれわれは感動するのだ。

 国を背負うなんて、日本を背負うなって、選ばれた人間しかできないのだ。大いに頑張ってほしい。

 

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