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2010年6月

2010年6月24日 (木)

間接アプローチとしてのスポーツ振興

 日本政府は、もう少しスポーツ振興に力をいれてもいいかもしれない。

 経済政策をめぐる直接アプローチだけではなく、スポーツ政策は経済政策の間接アプローチになるかもしれない。

 みんな元気になるのだ。ワールドカップで日本代表が1勝しただけでも、雰囲気はがらりと変わった。そう思うのは、おそらく私だけではないように思う。一般人だけではなく、テレビもマスコミもみんな変わった。

 元気になった。その活力こそが経済を活性化するのだ。逆に、いまのフランスは大変だ。以下の記事は悲惨だ。

http://sankei.jp.msn.com/sports/soccer/100624/scr1006241004052-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/sports/soccer/100624/scr1006240721021-n1.htm

2010年6月22日 (火)

結婚をめぐる制度分析

 最近は、結婚をめぐっていろんな話題が飛び交っている。独身の男性、独身の女性の数はこれからますます増えるのだろう。

 しかし、これは私の一経験なのだが、個々人の行動パターンの変化に比べて社会の制度やシステムの変化ははるかに遅いのだ。だから、そこに見えない力がかかる。

 何かがいいたいのか。

 私がいいたいのは、独身でいることは個人にとってはいいことなのだが、社会制度や社会システムというのはそううまくできていないのだ。やはり、結婚することを前提として社会制度や社会システムはできているのだ。それゆえ、個別合理性と社会全体の合理性の不一致、不条理が起こるのだ。そして、それは身近なだれかを不幸にしたり、苦しめたりするのだ。

 独身でいることは自分では楽なのだが、それは既存の社会制度に対応していないので、その楽した分を、兄弟や親や親戚が負担することになる。そして、最後に年老いた自分に帰属されることになる。

 これがいまの現実だ。

 では社会制度やシステムを早く変革すればいいと思うかもしれない。しかし、変革するにはコストがかかる。そのコストは大きいので、変革も難しいだろう。

 こうして、見えいないところで、不幸なことがたくさん起こっているあるいは起こるのだろうなあ~

 だから何をいいたいのか?

 とにかくみんながんばって結婚した方がいいということだ。しかし、結婚した後、もっと不幸になるかもしれない。

 やはり、この問題は私では無理、専門家にまかせたい。

 by 新制度派経済学者より

  

新しい本の編著

 年をとると、自分が論文を書く時間よりも、他人の論文を読まされる時間が異常に多くなる。学術雑誌のレフリーとして、昇進人事などの評価委員として、いまもたくさん抱えていて驚くほどだ。自分の研究ができないのだ。ときどき、だれの論文も見たくない時もある。

 しかし、それでも前に進まないと、仕事が貯まってゆく。いま、目の前の仕事としては、中央経済社から出版する新しい本の編著だ。私の教え子たちとの共同の本だ。あと一人、論文を修正して提出してくれると、原稿が出そろうことになる。

 秋には出版されると思いますので、関心のある人はお願いします。新制度派経済学にもとづいて企業の不条理現象を分析するものです。私の不条理シリーズの一つになると思います。

 

2010年6月15日 (火)

免許の更新

 本日は久しぶりに自由な時間が取れたので、免許の更新に近くの警察所にいった。私はここ数年無事故無違反なので、手続きが簡単だ。書類を提出し、目の検査をして、30分くらいビデオを見るだけだ。

 目の検査をするときに、私の前に老人がいたのだが、検査中に変な会話していた。

老人「うーみえないなあ~、うーわからない!!!」

検査官の女性「これはどうですか?」

老人「右かなあ?上かなあ?いや下かも?・・・・う~」

検査官「これ、みえませんか?では、これはどうですか?」

老人「上かなあ~いや下だ。下、下だなあ」

検査官「あの~!!!!!上とか下とかの問題ではないのですが!」

と少し怒りぎみ。

 私は内心「お~い大丈夫かあ~。「C」 のマークではないのを出しているじゃない?」と思った。そして、「こんな老人でも免許を更新するのかなあ?」と不安になった。

 さて、更新手続きが、すべて終わると例のものをいただいた。仕分けで有名になった「交通の教則」という本だ。ごみをもらったみたいな感じだ。警察のOBの年寄りだと思うが、事務員と2.3人で茶飲み話をしている。

何か不条理を感じるなあ~

2010年6月13日 (日)

ポスドク

 博士を取ったが、職がないという以下の記事。

http://news.cocolog-nifty.com/cs/article/detail/blog-200905121503/1.htm

 いま、博士号をもっているが、職がないという不条理が起こっているというわけだ。理科系の状況はわからないが、文科系の状況は不条理な状況とはいえないように思う。

 私の推測では、ある意味で、あたりまえなのだ。能力がないからだ、といいたいときもある。

 むしろ、いまは博士号のインフレ時代、博士号の出し過ぎの時代なのだ。おそらく、きちっとした論文も書けないのに、博士号を取得している学生が多いのではないだろうか?(本当のところはわからないが・・・・)基準は甘くなっていることは間違いない。

 文部科学省が大学院重点政策を展開し、いつもの通り、補助金を求めて、たくさんの大学が博士課程を設置した。およそ博士などだせないようなレベルの大学でも。ロースクールと同じだ。

 しかし、いったん博士課程を設置すると、今度は実績が問われる。だから、どこの大学でも無理やりに博士号をだそうとする。こうして、博士号のインフレが起こる。

 今後、どうなるのだろうか?大学院の未来は暗いなあ~。

2010年6月12日 (土)

『戦略の不条理』と『戦略学』の関係について

 拙著『戦略の不条理』光文社新書と拙著『戦略学』ダイヤモンド社の関係について簡単に説明したい。

 内容は、ある意味で『戦略学』の新書版が『戦略の不条理』です。また、『戦略学』は経営戦略論の記述が多く、『戦略の不条理』は軍事戦略の記述が多くなっています。

 したがって、光文社新書『戦略の不条理』を読んで、世界2(心理的世界)へのアプローチについて、詳しく知りたい場合には、『戦略学』に詳しく書いてあるし、世界3(知性的世界)へのアプローチについても、詳しく知りたい人は『戦略学』を読んでほしい。

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

『戦略学』ダイヤモンド社

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478006075/kikuzawakensh-22

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書)

『戦略の不条理』光文社新書

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22

秋に編著を

 最近、非常に忙しくて、ブログが書けなかった。

 現在、私の教え子たちと本を作成中だ。やっとすべての原稿が集まり、現在、全体を調整している。なかなか大変な作業で、実は自分一人で書いた方が早いと思うこともある。

 今回の本は、前回の『業界分析 組織の経済学』中央経済社の第二弾だ。新制度派経済学、行動経済学を応用していろんな業界を分析する。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4502657301/kikuzawakensh-22

菊澤 研宗: 業界分析 組織の経済学―新制度派経済学の応用

今回の本は前回の本よりも内容が濃く、また面白くなっているので、ぜひご期待ください。

2010年6月 4日 (金)

松下幸之助の言葉 危険な人

 数年前、松下幸之助記念で京都のPHPの座会に呼ばれたことがある。そのとき、ビデオを流していて、ついつい松下幸之助の話に吸い込まれてしまったことがある。

 そのとき、私がはっとしたことがある。松下幸之助は、優秀な人、頭のいい人は本当に優秀で、役に立つし、企業にとっては必要な人材だ、しかし、危険なんだ、といっていた。

 私がこの話に聞き入ってしまったのは、私にも理解できる点があったからだ。私の解釈はこうだ。頭のいい人は、すぐに計算してしまうのだ。人よりも早く計算できるので、ひとよりも早く行動ができ、ひとよりもお金を儲けるかもしれない。しかし、逆もあるのだ。人よりも早く計算するので、あきらめもはやいのだ。

 さらに、人よりも早く計算できるので、正しいことも先回りして行動に移すだろう。しかし、逆もある。悪いことも一番早く行うことができる。しかも、巧妙に。

 私は、ここで頭のいい人は頭がいいので、それを良いことにも悪いことにも使えるかあら危険なのだということをいいたいのではない。だから、こそ倫理が必要だということを言いたいのではない。

 私がいいたいのは、頭のいい人は計算が早いので、カント的にいえば、他律的に行動しやすいということだ。ヴェーバー的にいえば、目的合理的な行動をすぐしてしまう人なのだ。それは、人間的ではなく、刺激反応する動物と同じなのだ。しかも、人一倍早く計算して、その計算の結果に反応して行動する行動する危険な動物的人物なのだ。(計算機械的人間といってもいい)

 そのときどきの状況で、計算して出てくる結果に依存する人間は他律的なのだ。だから、状況によって良いことも悪いこともできる。これが危険なのだ。

 また、こういった頭のいい人は、すぐに取引コストを計算するので、不条理に陥ってしまうのだ。そして、計算するので、動けなくなったり、沈黙したりする。あの「空気」を形成し、「空気」を読み、行動するのだ。

 近いうちに、このような研究を発表したいと思っている。

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