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2010年2月 4日 (木)

失敗から学ぶことは難しい

 「失敗学」、「失敗から学ぼう」「失敗の本質」など、失敗に関わる名著は多い。そして、こういった本を読み、納得するだろう。中には、簡単なことだと思う人もいるだろう。

 しかし、失敗から学ぶことは難しい。なぜか。多くの人は失敗していないからだ。失敗するということは、自律的に行動している人だけが経験できるのだ。

 上司に言われて行動し、事件を起こした。それを失敗というか?「その責任は上司にあり、私が失敗したのではない」という形で逃げることができる。つまり、他律的に生きている人間は、簡単に失敗を回避できるのだ。

 こういった他律的に生きている人、人に言われる通りに生きている人間、何も考えず上司に言われるとおり行動する人、親に言われるとおり行動する人は、失敗から学べないのだ。カント的にいえば、未成年状態にある人だ。彼らは、失敗を簡単に回避でき、容易に失敗を他人のせいにできるのだ。

 失敗から学ぶには、自律的に行動しなければならない。自由意志にしたがって行動することだ。「その行動はだれにいわれたのでもなく、私の意志で行った行動だ」といえる人、カント的にいば、勇気をもって自由意志を行使できる人、啓蒙された人だけが、失敗を受け止め、失敗から学べるのだ。

 上司が命令する。その命令をそのまま受け取って行動するのではなく、心の中で一度その内容を批判的に吟味する。そして、問題がなければ、自分の意志に従ってその命令に従って行動する。そのとき、その命令は単なる命令ではなく、自らの意志にもとづく行動指針となるのだ。

 だから人の評価ばかり気にして生きている人は、失敗から学べない。失敗を回避するずるい技だけを身に着けることになるだろう。それは、人間として恥ずかしいことではないか?

カントの言葉を思い出そう。

人間は自由に生まれたがゆえに自由なのではなく、自由に対する責任を担って生まれたがたがゆえに自由なのだ。

つまり、自由意志を行使し、責任を負わないものは人間ではないのだ。それは、動物や物質と同じなのだ。

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