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2010年2月

2010年2月27日 (土)

浅田真央とキムヨナを戦略論的(CGS)にみる

 昨日は、大学大学院入試の関連で仕事をしており、オリンピック氷の対決すなわち浅田真央とキムヨナの対決をライブではみれなかった。

 結果は、ショートプログラムと同様に大差だった。この戦いと結果については、いろんな観点からみることができ、そしていろんな解釈ができるだろう。

 私は、経営戦略論的にみた。キムヨナは私が主張している多元的世界観にもとづく多元的戦略を徹底したのに対して、浅田真央は一元論的な世界観にもとづく一元論的な戦略にこだわって負けたように思えた。つまり、両者の能力の問題ではなく、戦略の違いが結果をわけたのだと思った。

 浅田真央の戦略は、技術的に良い物を作れば売れるという物理的世界観にもとづく戦略ではなかったか。だれも成功していないトリプルアクセルさえ成功すれば、勝てる。そういう戦略だ。前回のトリノのときの上村愛子もそうだった。それが、「戦略の不条理」だ。一面的には合理的に行動しているのだが、実は別の次元では適応できていないのだ。

 これに対して、キムヨナは物理的世界だけではなく、心理的世界、知性的世界も存在し、これら三つの世界にアプローチし、多元的な戦略を展開した。技術的には、浅田のようにトリプルアクセルはやらない。ただ、見ているものにとって、その演技は心理的にスムーズに見えたし、知性的世界からすると、キムヨナの演技は芸術的に美しく、そこを徹底的に追及しているという固定観念も事前に定着していた。その他多様な知性的なアプローチがあったのかもしれない。

 したがって、浅田選手にはぜひ次回は戦略的に行動してほしいと思った。ただ、金メダルをとることが一番ではないと思う。「戦略的」という言葉は、カッコいいが、ひとりだけでも生き残るということであり、「ずるい」という言葉と紙一重だ。戦略を無視して、プライドにかけた彼女の行為も良かった。

 カント的にいえば、理論理性的な行動(お金や名声のためといった他律的で因果論的行動)ではなく、彼女の実践理性的な行為(お金や名声に囚われない自由意思にもとづく自律的行為)には拍手を送りたい。彼女の人間としての存在を十分認識させられた。

菊澤著『戦略の不条理』http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

2010年2月24日 (水)

経営哲学学会関東部会のお知らせ

 経営哲学学会関東部会のお知らせ

 今回の経営哲学学会の関東部会は、これまででもっともおもしろい学会となりそうだ。私が会長なってもっともエキサイティングな学会になりそうだ。この企画を実現するまでに、ものすごい調整・取引コストがかかった。

 もし関心がありましたら、会員以外でも参加可能です。その場合、ぜひ私にメールをください。

経営哲学学会シンポジュム (関東部会)

日時:2010年3月13日(土曜日)13時から

場所:慶応義塾大学三田校舎1号館102教室

Ⅰ)関東部会長 あいさつ 

渡部直樹(慶応義塾大学)

Ⅱ)アカデミックとプロフェッショナルとの対話

13時ー14時30分(各20~30分報告)

司会:大平義隆(北海学園大学)

報告者:当日 紹介(JAL関係者)

    「JALの現状と今後」

報告者:中川有紀子(東芝GE人事部長)

    「GEの魅力と強さ」

質疑応答

―10分休憩―

Ⅲ)シンポジウムーCSR、企業倫理、企業理念は本当に役に立つのか?

14時45分ー18時頃(各20~30分報告)

司 会:大平浩二(明治学院大学)

報告者:藤井一弘(摂南大学)

本当に役に立つのか?

報告者:三橋 平(慶応義塾大学)

    +小田恵美子( ㈱アウトソーシングSR

実証的に役に立っているのでは?

報告者:高尾義明(首都大学東京)

    実証的・理論的には必ず役に立って

    いるとはいえないのでは?

 ―10分休憩―

コメンテータ:藤田 誠(早稲田大学)(10~15分)

 

 議 論

Ⅳ)懇親会(18時から~)

研究室棟1階AB会議室

 全体司会進行役:榊原研互(慶応義塾大学)

実行委員長:菊澤研宗(慶応義塾大学)

2010年2月23日 (火)

ポパーとの出会い

 私のことを若い時から知っている人は、私が一貫してポパーの批判的合理主義にもとづいて論文や本を書いていること知っている。それは、明示的である場合もあるし、非明示的な場合もある。最近の著書では、露骨に明示的に書いている。

 私の先生は、小島三郎先生といい、当時の慶応義塾大学商学部のホープであった。当時、商学部から初めて塾長になるのではないかといわれていた。しかし、学部長を3期務めらている途中、50代の若さで他界された。

 小島先生の専門はドイツ経営学方法論であり、はじめはM・ヴェーバーの社会科学方法論を研究され、そしてポパーの科学哲学に出会い、晩年は完全なポパーリアンだった。ドイツ経営学は遅く生まれた学問なので、経済学者から科学ではないのではないかと疑われてきたのだ。

 したがって、ドイツ経営学を専攻する場合には、何が科学であり、経営学はそもそも科学なのかあるいは科学ではないのかを分析する必要があったのだ。そのために、科学とは何かに対する答えを探しに、ヴェーバーの社会科学方法論やポパーの科学哲学の研究に進まざるを得なかったわけだ。

 私はその小島先生の最後の弟子で、当時、博士課程の学生であったが、先生が慶応病院の病室で死ぬ直後まで、ドイツ語で科学方法論の本を読んでいたを知っている。「菊澤君、外国人と戦うには言語の問題もあるので、相手の10倍勉強しなければならないね」といわれていた。

 先生は、いつも「経営学は自分研究できるが、科学方法論は難しいので、大学院では方法論だけやればいい」といわれた。事実、私は科学哲学だけしか研究していなかった。しかし、私は一人だけ経営学者の研究をしていた。

 それは、ドイツのハインリッヒ・ニックリッシュだ。当時、神戸大学がニックリッシュ研究の聖地であり、その中心に神戸大学教授市原季一先生がいた。ニックリッシュの組織論は哲学そのものだ。

 ニックリシュは著書の中には、彼の考えの基礎がカント哲学にあることを何度もいっている。しかし、小島先生は「あれは違うよ。菊澤君、それを証明すれば、神戸大学の先生たちばびっくりするよ」ということで、ニックリシュの組織論とカント哲学の研究をしていたのだ。

 こういう理由で、私の著書には、いまでもカント、ヴェーバー、ポパーが出てくるのだ。もう今は昔のことだが・・・・

 

2010年2月22日 (月)

拙著『比較コーポレート・ガバナンス論』有斐閣の4刷

 拙著『比較コーポレート・ガバナンス論』有斐閣が4刷となった。購入してくれたみなさんに感謝します。

 この本は、経営学史学会賞を受賞した本です。とくに、難しい数学は使っていませんが、大変、好評でいまも少しずつ売れているようです。

 昨年は、慶大の1年生と日大の1年生に、この本の内容を易しく説明しました。慶大の1年生の何人から、本の内容通りにもう少し詳しく説明してほしかったという意見ももらったが、かなり理解してくれたのではないかと思う。

 今年度も、日吉の後期にこの本を使って講義する予定なのだが、さらに授業内容を洗練したいと思っている。

『比較コーポレート・ガバナンス論』

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4641162271/kikuzawakensh-22

菊澤研宗: 比較コーポレート・ガバナンス論

2010年2月15日 (月)

上村愛子選手にはメダルをとってほしかったー静かなるパラダイム変革

 多くの人が思っただろう。神は彼女に試練を与えるなあ~と。もうメダルをあげてもいいではないかと。

 オリンピックでメダルとるということは、その瞬間に、これまでのすべての因果連関的な力がそこに集中しなければならない。その因果関係は、限りなく深くて広く長いものだ。したがって、その瞬間にメダルを取るということは偶然に近いといってもいいのだ。だから、そういった人は神から選ばれた人だといわれるかもしれない。

 こういった意味では、彼女は神には選ばれた人ではなかったのかもしれない。

 しかし、人間として素晴らしかったなあと思う。ひとつひとつの言葉が、本当にすばらしかった。「今回ははじめてメダルがとりたいと思った」といっていた。もしかしたら、残りの選手が失敗してほしいと思ったかもしれない。

 しかし、その思いは決して悪くないのだ。それは、自分個人のためにメダルがほしくて思ったのではなく、彼女が多くの人々の思いを背負っていたからだ。なんてすばらしい。人間らしいのだ。

 だから、神に選ばれた人としてではなく、人間として彼女にはメダルをとってほしかったなあ。

 しかし、以下の記事は、彼女の凄さを示している。トマス・クーン的にいえば、まさに、彼女はモーグルに静かなる革命を起こしていたのであり、パラダイム変革を起こしていたのだ。

●研究された改良ターン

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yomiuri-20100214-00827/1.htm

 感動したなあ~。今後の彼女の人生に幸あれ!

2010年2月14日 (日)

若い起業家が少ないという前に

 経済産業省・・経済産業局の主催で「起業家教育普及促進セミナー」というようなセミナーが開かれているようだ。これに関するブログを拝見したことがあるが、やはりいつもの通り、お決まりの「日本では若い起業家精神をもつ人材が育っていない」という嘆きを吐露しているようだ。

 しかし、私が言いたいのは、そんなことを言って嘆く前に、制度を早く整備してほしいということだ。昔くらべて、起業家精神をもつ学生は明らかに増えている。昔は、大抵、安定した大会社に入って、それから・・・・・という感じだった。が、明らかに、今日、起業家精神をもつ学生は増えている。

 しかし、日本にはまだそのような精神を現実化する制度が整っていないのだ。そのような学生を社会に送り出すわれわれ教員は大変不安である。リスクがあまりにも高すぎるのだ。

 いまだ、モラルハザードを起こすような、あるいは機会主義的な人間が成功するような状態ではないか?裏の世界があるような印象を受ける。

 とくに、資金調達関係だ。日本のベンチャーキャピタルは本当にうまくいっているのか?その点をもう一度分析してから、「日本には起業家精神をもつ若手が育っていない」と発言してほしいものだ。

2010年2月13日 (土)

知性的世界と知性的戦略について

 多くの人々が誤解するのだが、知性的世界での戦略と取引コスト・アプローチが等しいのではなく、知性的世界の戦略の一つが取引コスト・アプローチなのだ。

 何度もいうが、等しいのではなく、含まれるということ。同じではなく、集合論的に包摂されるということ。知性的世界への戦略のひとつの戦略として取引コスト節約アプローチがあるということ。

 自分では、以下のような美しい体系で議論を展開したつもりだが・・・・・

物理的世界1の戦略 ⊃ 新古典派経済学的な戦略

心理的世界2の戦略 ⊃ 行動経済学的な戦略

知性的世界3の戦略 ⊃ 新制度派経済学的な(取引コスト理論的な)戦略

 だから、取引コストではなく、観念を操作することも、ブランドを利用することも、知識をめぐる特許戦略も、イメージ操作も、みんな知性的世界への間接アプローチなのだ。あれも、これも書かなかったのは、ごちゃごちゃしたくなかったからだ。

 たとえば、アマゾンで自分の本を買い込んで、売上高NO1という表示を流す。その表示を多くの人々が見て、「この本は売れている、おもしろいのかもしれない」という形で心理的世界を刺激し、そして本を購入させる。これは、知性的世界を利用した戦略だ。この戦略は必ずしも取引コストとは関係ない。

 また、昔、バグパイプの音が聞こえたら、多くの国の兵士が「英国軍がきた」と認識し、逃げ腰になり、味方は「応援にきた」ということで元気になった。といわれているが、これも間接アプローチである。

 さらに、仲のいいA氏とBさんを別れさせるのに、直接、二人の前で、どちらかを中傷するアプローチは直接アプローチである。あるいは、どちらかを物理的に拘束して、二人を会わせないという方法も直接的なアプローチだ。これに対して、Bさんに、A氏を中傷するような嘘の手紙を送って、Bさんを誤解させ、二人を別れさせる戦法は、知性的世界への間接アプローチだ。この方法も、取引コストの問題ではない。

  私の本を読めば、こんなことすぐに理解できるはずだ。

 しかし、私の著書はすでに知性的世界の住民となっており、多くの人々が私の心理的世界とは異なる解釈をしているようだ。そして、このこと自体が、心理的世界と知性的世界が異なることを意味しているのだ。

 多くの人々が私の著書にアプローチして独自に解釈する。それは、私の本心とは異なっている。知性的世界と心理的世界は同じではないのだ。

拙著『戦略の不条理』光文社新書http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22 

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

拙著『戦略学』ダイヤモンド社

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478006075/kikuzawakensh-22

 菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

トヨタのリコール問題をめぐる認識と現実のズレ

 トヨタのリコール問題をめぐって、トヨタと米国の間にそれぞれの認識と現実とのズレがあったのではないかと思っている。

 つまり、知性的世界での認識と物理的世界での現実のズレだ。

 トヨタ自身も米国も、あくまで「トヨタという企業は日本の会社」だという認識があった。しかし、実際には「トヨタという会社は国際的なグラーバルな企業」だったのだ。

 トヨタがあまりにも早く世界1になり、急速にグローバル化したために、認識が追いつかったのではないか。こういった認識と現実の違いはよく起こる。野球選手で、頭の中では自分は足が早いという若いときの認識があるが、実際に盗塁してみると、すでに年をとっていて遅くて、アウトになってしまうケースだ。

 トヨタは、日本企業の代表としてプライドがあったのだろう。だから、グローバルな批判、とくに米国からの批判に対して、少し抵抗していたのだろう。しかし、トヨタの凄さは、現場がいつでもリコールに対応できるように準備をしていたことだ。だから、リコール後も混乱もなく、スムーズに修理が進んでいるようだ。まさに、オートポエイシスだ。

 他方、米国もトヨタを批判し、GMやフォードを・・・という雰囲気はあったかもしれない。しかし、それ以上にトヨタは米国にコミットしており、予想以上にトヨタに関係している米国人が多く、トヨタの損失はそのまま米国人の損失につながることが遅ればせながら、認識された。

 この現象からも、物理的世界1と心理的世界2や知性的世界3は異なっていることを再認識できた。

2010年2月12日 (金)

オリンピックのスノボー選手問題と多元的世界観

「オレ流国母「反省してま~す」

 オリンピック・スノボーの「国母選手が成田からの移動時に公式ユニホームを乱して着ていたとして問題となり、日本オリンピック委員会(JOC)から注意を受け、式への出席を自粛。その後、公式会見に出席した国母に反省の様子はなく、あくまで“オレ流を貫いた」という以下の記事はおもしろい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100212-00000013-dal-spo

 賛否両論だろう。

 若い人や若い人に理解を示す人は、そんなことをなぜ批判するのか?いいんじゃないの?というだろう。結果を出せばいいんじゃないの?というだろう。

 しかし、私はあえていいたい。私は、古い人間なので、このような選手の態度には実は批判的なのだ。(彼の真実はわからないので、勝手な解釈になるかもしれないが、その点は許してほしい。)

 私は、『戦略学』ダイヤモンド社や『戦略の不条理』光文社新書で述べてきたように、世界は物理的世界、心理的世界、知性的世界からなっていると思っている多元論者だ。

(1)この立場からすれば、結果を出せばいいのではないかといったことをいう人は物理的一元論者だ。

(2)結果をだせばいいというものではない。人々は、物理的な結果だけではなく、選手の心理状態も実は推測しているのだ。さらに、知性的世界の住民である選手の言明内容も分析しているのだ。そして、その発言内容は本人の予想に反してさらに子供たちやその他の人々にもに影響するだろう。発言内容は知性的世界の住民となるのだ。

(3) たとえば、多くの人々は、浅田真央の演技だけではなく、彼女の心理的世界や彼女の言葉の内容も推測し、分析し、解釈してるのだ。そして、そこに何か切ない感情を追体験しているのだ。

(4)だから、彼女が優勝すると、その物理的結果だけではなく、彼女の心境とともに、彼女のこれまでの態度や発言も含めて人々は感動するのだ。

(5)換言すると、彼女は物理的に負けてもいいのだ。人々は、それでも彼女の心理的状態や知性的世界に感動するだろうし、彼女の存在意義の大きさに拍手を送るだろう。

(6)多くの選手は多元論的世界観に立っているので、発言や態度に慎重だ。とくに、良い成績をすでに挙げている選手ほど、世界は物理的一元論ではないことを直感的に理解しているので、用心深く、淘汰されないように、三つの世界を考慮して行動するというまさにキュービック・グランド・ストラテジーを実践しているのだ。

(7)以上のことから、もしあえて物理的世界に生きるならば、結果をだしてからにした方がいいと思う。朝青龍のように。すべてが結果だということを教えてやる。勝てば官軍。そういった態度で臨んでほしいものだ。

(8)しかし、結果がでなければ、なんの存在感もないし、なんの価値もないなんて、なんてさみしい物理的物質的世界観であり価値観ではないか。

(9)結果はどうであれ、国母選手の活躍を、われわれは多元論的に応援しようではないか。

拙著『戦略の不条理』光文社新書http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22 

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

拙著『戦略学』ダイヤモンド社

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 菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

2010年2月 9日 (火)

キリンとサントリーの統合失敗の分析:戦略の不条理

◆この問題は難しいので、事実が分かる度に、分析内容を変更しますので、ご注意ください◆

 キリンとサントリーの統合問題についてだが、結局、失敗に終わりそうだ。このような帰結になることは、大抵の人々は想像していたのではないだろうか?そもそも企業風土、組織文化が全く異なる会社だからだ。

 しかし、このような単純な説明で満足するのは危険だ。このような説明では、今回の事態を十分説明できない。

 キリンとサントリーの人間だって馬鹿ではないのだ。頭のいい幹部社員はたくさんいる。とくに、今回の合併に関しては、相当優秀な人たちが知識を駆使したはずだ。もちろん、両社の社風や組織文化が違っていることなって分かっていたはずだ。それにもかかわらず、なぜ統合を企画し、結局失敗したか。ここが問題だ。

 私の結論はこうだ。まさに、「戦略の不条理」に陥ったのだ。二つの企業の知識人たちの世界観は、クラウゼヴィッツ的な唯物論的一元論だったかもしれない。

 おそらく、二つの企業の知識人たちは物、心、知識(文化・風土)が存在していることは知っていたのだ。しかし、その中で、もっとも価値があり、存在感があるのは、物質であり、それと関係しない心や知識はなんの存在感もないという一元論に立っていた可能性がある。

 このような一元論的な世界観に立つと、物理的世界での統合に成功すれば、それに影響されて心理的世界でも知性的世界でも統合されるだろうという考えにたとりつくことになるのだ。

 しかし、

 私が拙著『戦略の不条理』で説明しているように、物理的世界、心理的世界、知性的世界といった3つの世界は相互に自律的なのだ。3つの世界は同じ方向に動くという保証はまったくないのだ。

 したがって、物理的世界での効率性を求めて二つの企業が合理的に合併し統合しようとしても、心理的世界や知性的世界でも二つの企業が合理的に統合される保証はないのだ。

確かに、キリンとサントリーの社長はいずれも慶大出身でしかも1つ違い。慶応という観念のもとに、知性的世界での交渉・取引コストは低かったし、心理的世界での安心感もあった。

 しかし、基本は物理的世界での統合だ。議論を正確に進めるプロセスで、両社にとって心理的世界と知性的世界での違いがいかに大きいかはっきりしたのではないか。とくに、二社の知性的世界での違いは「慶応」という観念を超えた違いであることが認識されたのではないか。

 一つの世界で合理性を追求して他の世界で不適合となるということ、つまり合理的不適合=「戦略の不条理」に陥ったのだ。 

拙著『戦略の不条理』光文社新書http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22 

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

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 菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

試験の採点

 ブログが書けないのは、期末試験の採点をしているからだ。とにかく、忙しい。採点をしているとわかるのだが、進化論をふと思い出すことがある。やはり、多様性は重要だ。

 あるクラスは、だれか一人のノートか資料がコピーとして出回ったようだ。多様性がないので、みんな同じを間違いをしてしまい、結局、絶滅状態となる。評価がCやDだらけだ。クラス全員がインフルエンザにかかってしまっているという印象だ。

 ところが、コピーが出回ってないクラスもある。こちらは、解答に多様性があり、絶滅しない。むしろ、A評価が非常に多いのだ。まさに、進化論のせかいだ。

★★

最近、このブログページを見ている人(学生)が多いようだが、とくに心配しなくてもいいと思います。全体として例年通りです。

 

2010年2月 4日 (木)

失敗から学ぶことは難しい

 「失敗学」、「失敗から学ぼう」「失敗の本質」など、失敗に関わる名著は多い。そして、こういった本を読み、納得するだろう。中には、簡単なことだと思う人もいるだろう。

 しかし、失敗から学ぶことは難しい。なぜか。多くの人は失敗していないからだ。失敗するということは、自律的に行動している人だけが経験できるのだ。

 上司に言われて行動し、事件を起こした。それを失敗というか?「その責任は上司にあり、私が失敗したのではない」という形で逃げることができる。つまり、他律的に生きている人間は、簡単に失敗を回避できるのだ。

 こういった他律的に生きている人、人に言われる通りに生きている人間、何も考えず上司に言われるとおり行動する人、親に言われるとおり行動する人は、失敗から学べないのだ。カント的にいえば、未成年状態にある人だ。彼らは、失敗を簡単に回避でき、容易に失敗を他人のせいにできるのだ。

 失敗から学ぶには、自律的に行動しなければならない。自由意志にしたがって行動することだ。「その行動はだれにいわれたのでもなく、私の意志で行った行動だ」といえる人、カント的にいば、勇気をもって自由意志を行使できる人、啓蒙された人だけが、失敗を受け止め、失敗から学べるのだ。

 上司が命令する。その命令をそのまま受け取って行動するのではなく、心の中で一度その内容を批判的に吟味する。そして、問題がなければ、自分の意志に従ってその命令に従って行動する。そのとき、その命令は単なる命令ではなく、自らの意志にもとづく行動指針となるのだ。

 だから人の評価ばかり気にして生きている人は、失敗から学べない。失敗を回避するずるい技だけを身に着けることになるだろう。それは、人間として恥ずかしいことではないか?

カントの言葉を思い出そう。

人間は自由に生まれたがゆえに自由なのではなく、自由に対する責任を担って生まれたがたがゆえに自由なのだ。

つまり、自由意志を行使し、責任を負わないものは人間ではないのだ。それは、動物や物質と同じなのだ。

2010年2月 3日 (水)

取引コストを避けることと取引コストを削減することの違い

 先週の日経ビジネスでは、ウィリアムソンの取引コスト理論を用いて、幸福な組織と不幸な組織について書いた。

http://www.excite.co.jp/News/magazine/MAG21/20100125/353/

 限定合理的で機会主義的な人間(不完全ですきあらばという人間)同志の付き合いは、相互に自分が相手の目的のための単なる手段として使われるのではないかと疑心暗鬼になり、用心する。そして、そのために無駄なことをする必要がある。これが取引コストだ。

 たとえば、上司と部下の関係だ。相互不信がある上司と部下の人間関係は取引コストが高い。ここで、この取引コストとどのように対峙するかで、「不幸な組織」と「幸福な組織」に分かれるのだ。

「不幸な関係ー取引コスト回避」

部下は上司との間の取引コストが高いので、それを回避するために、できるだけ上司との対話を避ける。

「幸福な関係ー取引コスト削減」

上司は部下との取引コストが高いので、それを削減するために飲み会やレクレーションなどに部下を誘ってできるだけ取引コストを節約する。

この違いを理解することは重要だと思う。

『組織の不条理』についての記事

 以下の「日経ビジネスリーダー」の「歴史に学ぶ」で、拙著『組織の不条理』ダイヤモンド社が取り上げられている。そして、その文庫版が『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫だ。

http://nvc.nikkeibp.co.jp/strong/kizuki/20100201_001791.html

 ここでは、「取引コストを節約するためには、批判的議論が必要だ」ということを書いた。このことから、はなんて簡単な解決案だと思った人が多いだろう。そして、なんてつまらないと。

 しかし、そういった人は大抵、「批判」という意味をよくわかっていないのだ。たぶん「否定」と同じ程度に思っているかもしれない。

 「批判」とは限界確定(クリティカル)である。つまり、ある企画が提出された場合、その企画がどこまで認められるか。どこから認められず、修正する必要があるのかを確定することだ。

 このような議論は、一見、簡単そうに見えるが、その企画が上司や社長が提出したものだとしたらどうだろう。本当に、批判的議論はできるか。ほとんどの人は批判を避け、肯定してしまうのだ。

 そういった批判的議論ができない組織は合理的に失敗するのだ。

 ではなぜ部下は批判できないのか?また、なぜ上司は部下に批判をさせないのか?

 批判的議論をするということは、部下が上司に自由に何でも言ってもいいということではない。また、上司が部下に何でも批判してもいいといったから、部下が本当に上司になんでも言うことではないのだ!そんな表面的なことではないのだ!

部下と上司が、次のことを分かりあえたとき、相互に批判的議論はできる。もちろん、友人関係でも同じことだ。

部下

「うちの上司は自分の個人的目的(出世)を達成するために、私を単なる手段あるいは物として扱わないし、私も自分の個人的目的(出世)のために上司を手段に使おうとは思わない」

上司

「私は自分の個人的目的のために部下を物のように単なる手段として扱う気はないし、部下も私を手段として扱わないだろう」

この意味をもっと深く知りたい人は、以下の『組織は合理的に失敗する』の文庫本のための「あとがき」を読んでほしい。

菊澤研宗: 組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/447837323X/kikuzawakensh-22

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453219511X/kikuzawakensh-22

北海学園での講演

 1月30日に、北海道の札幌市にある北海学園で「NPMと新制度派経済学」というタイトルで講演をした。私は、ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)分野は必ずしも得意な分野ではない。

 しかし、これで二度目だ。天から、私に何か挑戦してきているのだろうか。

 さて、北海道札幌には雪があったが、青空だった。すばらしい天候だった。札幌にある北海学園は、地下鉄の駅と連結しており、雨に濡れることもなく、また雪にさらされるここともなく、大学へ行ける。本当にすばらしい。

 しかし、もっと感動したのは、私の講演に医師の方々が参加してくれていたことだ。医療関係で、たくさんの問題を抱えておられるようだ。少しの時間だったが、刺激的な議論が展開できた。

 その分野に、私の専門がどれだけ役に立つのかわからない。どうか、私の非力さを許していただきたい・・・・・

 

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