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2009年12月

2009年12月31日 (木)

拙著『戦略の不条理』について

 拙著『戦略の不条理』を、かつて「TOPPOINT」という雑誌が取り上げてくれた。その後、その「TOPPOINT」で2009年後半のベストブックの投票していたが、結果的に『戦略の不条理』は、以下の通り、5位に入ったようだ、投票してくれたか方々に感謝します。ありがとうございます。

「TOPPOINT」

http://www.p-b.co.jp/ranking.html

 それから、本日、ついに拙著『戦略の不条理』がアマゾンでも24時間体制で購入できるようになったようだ。関心のある方はぜひご購入をお願いします。表示ずっと1週間から3週間待ちだったので、アマゾンでは売れないとあきらめていましたが・・・

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22

2009年12月28日 (月)

日本的武士の情けか米国的レディーファーストか

 数日前、雑務で体調が悪かったが、大学にいった。私はいつも東門から入る。東門は急な長い階段を登っていくことになる。

 いつもの通り、東門前の横断歩道を渡って、東門のアーチ型の建物をくぐると、そこにおそらく40過ぎの女性が階段を登ろうとしていた。

 慶大関係者か、研究者か、わからない。後ろ姿から、とてもスタイルの良いスラットした女性で、きちんとした清楚な服を着て、さらにかなり高いハイヒールを履いている。まさに、カッコーいい女性!という感じだった。

 やはりオシャレというのは大事なあ~と自分にも言い聞かせて、私も足早に階段を上り、彼女を抜いて、とにかく研究室へと急いだ。

 階段で彼女を追い抜きながら、私の靴の音も彼女のヒールの音もリズミカルに聞こえた。ところが、彼女を抜き去って、4,5段のところで、何と彼女が階段でズッコケタような音がした。たぶん音からして転んではいないと思う。

 その時、私は瞬時に考えた。日本的武士の情けか、米国的レディーファーストか。

つまり、彼女のみっともない姿をみないで(気にしないで)、あえて何もなかったかのように、さっさと前を進んでゆく。武士の情けか。あるいは、振り向いて、大丈夫ですかと気遣う、米国的レディーファーストか。

 私は、前者を選んだのだ。女性は絶対に後者を選択しろ!というのは分かっているのだが・・・・(ところが、不思議なことにこれがニューヨークに住んでいると、後者ができるのだ)

 でも、心の中で笑ってしまった。誠に、すみません。

 さて、みなさんなら、どうしますか?

2009年12月27日 (日)

第5回 坂の上の雲

 第4回坂の上の雲の視聴率は19.5%だった。裏のTBSには強力な「JIN」があり、どうなるかと思ったが、まずますの率だったのではないかと思う。

 今回の第5回の坂の上の雲もまた、裏ではフジテレビが全日本フィギアをやっていたので厳しい数字となるかもしれない。私ですら、浅田真央がどうなるのか、気になっていたほどだ。だから、みんなあっちを見ていたかもしれない。

 しかし、私は、第5回の坂の上の雲をみた。今回は、内容も分かりやすく、非常におもしろかった。日清戦争後の日露の動きはおもしろい。三国干渉だ。そして、日本は臥薪嘗胆の時代を迎える。よく日本は自己認識ができ、自制できたと思う。日本は明らかに弱った。

 その認識が、実は当時の日本の外交戦術を発展させた。弱者の戦略・戦術といわれる日本の間接アプローチのはじまりだ。

 広瀬がロシアに駐在武官として赴任し、秋山が米国に駐在武官として赴任した。日露戦争へのプロセスが静かにはじまる。そして、やがてロシアのアジア進出を嫌う英国と日本が同盟へと進んでゆく。

 凄いことだ。あの当時、日本人など、欧米人にはサルのように見えただろう。タイの絹王であるジム・トンプソンの屋敷にある欧米人が描いた当時のタイの王様の絵は、サルとまったく同じなのだ。そのようにアジア人を見ていた英国と日本がよく同盟を結んだものだと感心してしまう。

 しかし、その後、日本軍は傲慢になっていくことになる。

 第二部は来年の秋ということがだ、楽しみだ。

2009年12月25日 (金)

無駄な本を読む

 少し体調が良くなった。冬休みは、少し無駄な本を読んだみたいと思っている。ふだん、ビジネスに関連する本だけを読んでいるが、関係のないものを読んでみたいのだ。

 たとえば、哲学書。バートランド・ラッセルの『西洋哲学史』全3巻は最高傑作だ。イギリス人らいしい皮肉たっぷりのまったく主観的ともいっていいほど面白いことを書いている。こんな学説史を経営学でも書いてみたいものだ。

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冬休みに入って体調が悪い

 冬休みになったら、たまっている仕事を片付けようと張り切っていたが、体調が悪い。

 大学院生と企画している本の原稿を整理したいと思っていたが、進まない。一人の大学院生の論文を添削したら、体調が悪くなった。

 また、来月、北海学園大学から依頼されている講演のパワーポイントを作成しようとおもっていたが、体調が悪くてすすまない。

 さらに、ドラッカーの本を書こうと思っているのだが、すすまない。

 さらに、英語論文を仕上げているのだが、進まない。

 まいった。

 部屋も掃除したいのだが、進まない。まあ、少し休め!ということなのだろう。

2009年12月24日 (木)

クリスマスに贈る学者の話

 アインシュタインの相対性理論が論文として出現したのは、1905年12月クリスマス前のことだ。

 この論文の内容は、当時としては非常に哲学的な側面をもち、物理学者には理解しにくい内容だった。ちなみに、1905年に彼はその他にも革命的な論文を2本だしている。一つは、量子力学の基礎となる論文。出てきた方程式には、量を表す文字と波を表す文字がイコールで結ばれていた。この式から、物質は量子であるとともに波でもあるという不可解な問題を残すことになる。この問題はいまも解かれていない。もうひとつは、ブラウン運動の論文である。

 もちろん、いずれも革命的であるが、やはり相対性理論が一番だろう。しかし、それはあまりに当時の常識を超えていたので、だれも理解できなかったに違いない。事実、アインシュタインのノーベル賞の対象となったのは、相対性理論ではなく、量子力学の論文である。

 しかし、世の中には、自分が創造する力はないが、他人の業績の凄さだけは理解できてしまうという人物がいるものだ。たとえば、モーツアルトの才能に気付いたサリエリだ。

 そして、アインシュタインの相対性理論の凄さに気付いた学者がいたのだ。それが、ベルリン大学のマックス・プランク教授だ。当時のドイツには大学はピラミッド的な階層があり、その頂点にベルリン大学があった。

 プランク教授は平凡でまじめで誠実な人だった。秀才だったが、自ら新しい何かを生み出すような天才ではなかったかもしれない。ひたすら、シャベルで金鉱を掘り当てるような地道なタイプだった。

 その彼がアインシュタインの相対性理論の凄さにいち早く気づいた。彼には聞こえたはずだ。20世紀の幕開けとなるベルが鳴りわたっていることを。まさに、それは、クリスマスの日だ。こうして、プランク教授は、早速、ドイツの研究者の憧れの大学、最高峰のベルリン大学にアインシュタインを呼ぶことになる。

 しかし、ときはナチスドイツが勢力を拡大しつつある時期だった。アインシュタインはベルリン大学に着任し、まもなく米国のプリンストン大学の高級研究所に招待されることになる。

 しかし、この誠実なプランク教授を神は見捨てなかった。地道な研究によって、彼は救われた。金鉱を掘り当てたのだ。それは、いまでも知られているプランク定数だ。これによって、彼もまたノーベル賞を受賞することになる。

 クリスマスをめぐるたわいもないお話

肉食男子渋沢栄一と草食男子福澤諭吉

 渋沢栄一は、近代日本のビジネスの思想的哲学的な出発点となる人物である。西洋的なビジネス志向の福澤諭吉と対比され、論語をビジネスの基礎として実践したビジネスマンとして、非常に有名な人物である。

 しかし、由井先生によると、渋沢には女性問題が絶えなかったという。何度も、いまでいう週刊誌の記者たちにスクープされ、叩かれたのだ。

 当時、口では、論語、論語、といっているが、実際にはまったく道徳的ではないのではないかと批判された。

 しかし、このような批判に対して、渋沢はとてもウイットにあふれた回答をしている。それは、こうだ。

   「論語には、女性のことについてひとことも書かれていない。何が問題なのか!」

 渋沢栄一はおもしろい。これに対して、福澤には女性問題はなかったようだ。現在でいえば、渋沢は肉食男子で、福澤は草食男子だったのだろう。

2009年12月23日 (水)

なぜ昔の大学では哲学が重視されたのか。

 先日、慶応MCCでのアゴラで、由井先生にご登壇いただいた。その際に、大正時代の東大生は、大抵、カント哲学を学んだ、ということを改めて確認した。もちろん、カントだけではなく、「デカンショ」、つまりデカルト、カント、ショーペンハウエルだ。そして、やがて彼らが日本のビジネスの中心となっていったということである。

 では、なぜ当時幸運にも彼らは西洋の哲学、とくにカント哲学を学ぶことができたのか。もちろん、当時の彼らのアカデミックな気概や知的欲求があったのかもしれない。

 しかし、由井先生がいうには、当時、いまだ西洋に追い付きたいという日本政府の意図があったのであり、そのために西洋の学問を身につける必要性を痛感していたというのだ。そして、そのあらわれが東大を中心とする旧制高校や大学での哲学重視なのだ。

 その思想はその後も変わらず西洋に追い付くために、次は大学では科学技術の輸入につながることになる。

 ところが、1980年代から、ビジネス界では日本企業の躍進により、そういった風潮はうすらいだ。しかし、政府や官僚にはいまだその精神が残っており、コーポート・ガバナンス関連の改革はほとんど米国をお手本としている。

 海外の知識を受けれて成長するという点では本質的にそれほど変化がないが、受け入れる対象が、ヨーロッパの哲学中心知識から米国流の技術中心知識に変化したように思える。私たちは、もう一度、ヨーロッパを見直す必要があるのかもしれない。

 しかし、ヨーロッパには、日本が理解できない壁がある。階級制だ。

 

2009年12月20日 (日)

第4回坂の上の雲と最終回『JIN-仁-』

 第3回の坂の上の雲の視聴率は19.6%なかなか伸びない。その理由は、その裏にあるTBSのJIN-仁の存在だ。22%

 今回の第4回の坂の上の雲は、日清戦争だ。秋山兄弟が陸海に分かれて活躍し始めた。おもしろくなってきたが、日清戦争の全体像が分かりにくかった。

 秋山真之が自分の命令で部下が死んだことで、「良い司令官とは何か」これに迷いはじめ、自らの軍人の才能に疑問を覚えた点はおもしろかった。これに対して、東郷平八郎の答えは意味深だった。推測するに、自らが発した命令に対して後悔しない司令官だ、ということだったと思う。

 この時代の人々は坂の上の雲を目指して突き進んだが、いまの日本は坂の上の雲さえみえない。

 さて、残りの時間で、JINを見た。なぜ坂の上の雲の視聴率が上がらないのか、理解できた。確かに、JINはおもしろい。坂の上の雲よりもはるかに分かりやすく、しかも感情入しやすいドラマだ。

 今回は最終回、そうとう視聴率はいいと思う。

渋沢栄一の経営哲学

 先日、慶応MCCアゴラで由井先生に、渋沢の経営哲学についてご講演いただいた。おもしろかった。

 渋沢が、なぜビジネスを展開する場合に公益性にこだわったのか。その理由のひとつに人間の「不安」「焦燥」からの脱却があるという。

 お金儲けを目的とすると、どうしても不安やあせりがでるものだ。儲けてももうけても次はどうなるか分からない。また、いまのビジネスでいいのかどうか。今後も、従業員を食べさせていけるのかどうか。金儲けのため、個人的利益のため、これだけを追求していると、永遠に「不安」と「焦燥」に駆られるのだ。

 渋沢がいうには、自分のビジネスは「公益」なのだと公言し、それを念頭に行動すると、不思議と、不安や焦燥から解放されるというのだ。ビジネスに失敗しても、自分のビジネスは公益のためだと自分に言い聞かせるのだという。

 これが、渋沢の儒教経済合一論のひとつだ。

 また、渋沢はおもしろいこともいっている。

私はかつて『命令違反は組織を伸ばす』という本を光文社新書から出版した。

(最近、ぐるなびの社長が拙著を評価してくれているようだが・・・http://www.odyssey-com.co.jp/ikik/oci_ikiiki_essei57.html

 

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334034136/kikuzawakensh-22「命令違反」が組織を伸ばす (光文社新書)

そこで、部下が上司から不正行為を命令する場合には、命令違反をしないと、組織は自滅することを「組織の経済学」や「行動経済学」で説明した。しかし、この本、社会人には辛い内容だ。

 上司の命令を正面から拒否できるわけがない!とか。この本自体はおもしろいが、とても会社の机の上には置けないタイトルだとか。会社のお金で、購入しにくいタイトルだとか。いろんな声を聞いた。

 この同じ命令違反が必要な状況に対して、渋沢はこのように答えている。そのまま、命令に従えば、組織はおかしくなる。しかし、断れは、上司に悪いし、組織的に問題となる。

 命令を受けた時、沈黙することだ。それでも、上司がわからないときは、「考えさせていただきます」と答えることだ。さらに、態度も重要だとしている。

これは役に立つことかもしれない。しかし、この渋沢の回答に対して、ある優秀なビジネスマンがこういった。

 「上司っていうのは、しつこくて”あの仕事はどうなった”としつこく聞いてくるですよね」

やはり、命令違反は組織を伸ばすかもしれない。

 

2009年12月18日 (金)

慶応MCCでのアゴラ講座の終了

 昨日で、慶応MCCのアゴラ講座が終了した。長いようで、短い期間だった。しかし、とても充実した内容だったように思える。

 また、参加されたメンバーのレベルが高く、その点も良かった。みなさん、しっかりとした意識で参加されており、何かそういった組織文化が形成されていったように思えた。

 お呼びしたゲストもよかった。ハイエクの中山先生はとても明快な説明でよかった。また、田口先生の中国思想もよかった。独特の雰囲気で説明された。そして、本日の由井先生の講演も博識で良かった。

 多種多様の内容で、バラバラにも思えたが、なんとなくまとまっていたようにも思う。まさに、アゴラの狙い通り、哲学、歴史、思想といった教養とビジネスの接点が生まれたようにも思う。

 私にとっても大変貴重な体験となった。

 これで年内の仕事は、書評原稿の提出と学会の会報の発送だけとなった。来年は、北海学園大学で「NPMと新制度派経済学」というテーマで講演を行う。

 さらに、来年はドラッカーについて書く予定である。ドラッカーは、学会では民間受けするような少し軽い経営t系な議論をする人とみなされ、いまの若い学者にはそれほど人気はない。これに対して、実務界では役に立つマネジメントを作った人として人気がる。

 しかし、私はドラッカーはいずれも反対だと思う。

 ドラッカーは、若い学者が思っている以上にアカデミックであり、実務家が思っているほど、いわゆる役に立つあるいは儲かる経営論を展開していないのだ。

 ドラッカー論についてはまた別の機会に

 

2009年12月17日 (木)

日本企業の奇妙な就職慣行

 一時、マスコミなどを通して、転職ブームだといわれていた時期があった。このブームに乗って、勢いで会社を辞めた人もいるだろう。しかし、日本はいまだに転職が盛んな国ではない。もちろん、中小企業の転職率は高いかもしれないが、大企業に関しては転職率は低い。

 だから、大学生はだまされてはいけないのだ。日本ではいまだ転職は難しいのだ。それは、大学生が就職活動をして初めてわかるのだ。

 もし満足いく就職活動ができなかったら、日本では大学を卒業してはならないのだ。というのも、卒業してしまうと、もう新卒採用ではなくなるのだ。卒業をしてしまうと、日本では中途採用となるのだ。そして、中途採用をしている大企業は非常にすくないのだ。

 したがって、もし満足のいく会社に行けない場合には、日本ではあくまでも留年すべきであって、卒業すると、中途採用になってしまい、選択の幅が狭くなるのだ。

 このことを学生は十分理解しているので、最近、大学では意図的な留年が流行っているのだ。このようなばかげた現象がなぜ起こるか。

 答えは、簡単だ。日本では、中途採用は流行っていない。つまり、転職など流行っていないし、まったく一般的ではないということだ。

2009年12月16日 (水)

慶応MCC「アゴラ」資本主義と自由最後

 今度の木曜日で慶応MCC「アゴラ」資本主義と自由も最後となる。今回は最終回にふさわしい経営史学会の重鎮である由井先生にご登壇していただく。

 由井先生には渋沢と福沢のビジネス観についてお話していただく。非常に楽しみだ。この二人の思想こそが、日本のビジネス界の源流なのだ。

 彼らの考えるビジネスは単なる利益追求だけではなかったことが明らかにされるだろう。モラルハザード資本主義といいうる現代、改めて日本の資本主義の原点に立ち返ってみたいものだ。

2009年12月15日 (火)

不条理な事例

 今年は、日吉の応用経営学で、取引コスト理論について説明し、「不条理の事例について書きないさい」という課題を与えた。まだ、採点中だが、今年の2年生の回答は非常にユニーク回答が多い。しかし、不条理にとらわれて、講義の内容とはまったく関係のない不条理を書いている学生も多くいた。これは、減点となる。

不条理の事例:

コンビニでは、缶ジュースは120円である。スーパーでは100円で販売されている。しかし、大抵、スーパーは便利な所にはない。それゆえ、多くの人々はわざわざスーパーまでいって缶ジュースを買わないだろう。その方がコストがかかるからである。こうして、われわれは不条理にも20円も高い120円のシュースを合理的に購入している。

不条理の事例:

ある受験生は、最初は一橋大学を第一志望とし、第二志望を早稲田としていた。しかし、成績が伸びないので、受験科目の多い一橋大学をあきらめて、科目数の少ない早稲田に集中しようかと考えた。しかし、このとき、これまで一橋大学を目指して頑張った努力が埋没コストになる。そこで、結局、変更しなかった。しかし、結局、両方とも落ちて、いまは関係ない大学に行っている。

不条理の事例:

中京女子大は受験生が減少したために、女子大をやめて、男女共学にした。それにもかかわらず、名前は中京女子大のままだった。なぜか。そこには、レスリングのオリンピック選手がたくさんいて、中京女子大という名前がすでに知られており、変化するコストは高かったからである。

2009年12月14日 (月)

ドグマ的反証主義について(科学哲学講座)

 拙著『戦略の不条理』、『組織は合理的に失敗する』、『戦略学』で、K・R・ポパーのことを紹介しているので、ほんのわずかな影響だが、ポパーに関心をももつ人もでてきた。

 菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

しかし、ポパー、そして科学の哲学は注意深く接近する必要がある。重箱のすみを突っつくような議論が多いからだ。

 まず、もっとも重要なのは、経験科学的な真理の定義から始まる。ポパーは、タルスキーによる定義に依存している。

●真理=言明と実在が一致したとき、その言明は真理である。

 これが経験科学者が意識すべき真理だという。しかし、このような真なる言明をわれわれは人間は獲得できない。だから、経験科学の目的は真理の獲得ではないということになる。なぜか。

●証明

ある言明を真理だというためには、その言明が実在と一致したことを証明する必要がある。そして、その証明には言明が必要となり、当然、その言明の真理も確定する必要がある。しかし、その言明の真理性を確定するにはまた言明が必要となり、この正当化のプロセスは無限に後退してゆくだけとなる。したがって、論理的に言明の真理を確定できないのだ。最後は、ドグマ的か、暴力か、・・・・かとなる。

ここから、科学の目的を真理の獲得だとすることはできない、とうのがポパーの考えである。

●ドグマ的正当化主義、ドグマ的反証主義

 以上のことを理解すると、自分が見つけた事実だけが硬い真理だとして、自分の理論を正当化することはできないのだ。それは、ドグマ的正当化主義者であり、そんな硬い事実はないのだ。それはいまのところ、問題がないだけという程度で、それが真理である保証は一つもない。それにもかかわらず、逆にその事実を真理だとして、他の理論を反証しようとするのは、ドグマ的反証主義者であり、ポパーもその弟子(後に敵)ラカトシュもそれは自分たちの立場と異なることを強調する。歴史を研究している人は、自分が発見した歴史的事実を真理だと思って、それを振り回したがる傾向があるので、とくに要注意だ。それもまたいまのところ問題がない程度の事実なのだ。

●方法論的反証主義、素朴な反証主義

 ポパーやラカトシュは、どんな歴史的事実や観察データーも真理ではなく、いまのところ問題がないという程度で受け入れ、もし問題があれはいつでもそれを修正するという形で、批判的な議論を行い、真理の獲得ではなく、少しでも真理に接近しようという立場なのである。彼らは、自分たちを方法論的反証主義者、あるいは素朴な反証主義者という。

●洗練された反証主義

では、洗練された反証主義というもはあるのか。あるのだ。これはラカトシュが提案しのだが、理論のない観察などないというのが理論負荷性のテーゼだ。このテーゼが正しいならば、独立した観察などないのだ。必ずその観察言明の背後には別の理論があるのだ。したがって、理論と反証事例という対立は実は、理論と理論の対決なのだという立場である。

いずれにせよ、われわれ人間は真理など獲得できないのだ。正確にいえば、獲得しているかもしれないが、そのことを証明できないのだ。したがって、固い真なる事実やデータなどを振り回してはいけないのだ。科学の目的は真理の獲得だとすると、勘違いした傲慢なドグマ的人間がでてくるのだ。そんな勘違いした人がでないように、ポパーは批判的議論を通して真理へ接近することが「科学の目的」だとしたのだ。

●科学の目的=真理への接近

ポパーについて理解できたでしょうか?以上、本日の科学哲学講座はこれで終わり。あ~疲れる議論だ。こういう議論は若いときにしておくべきだ。

ところで、Fugimotoさんは以上の文章の意味と意図はわかりますよね。

2009年12月13日 (日)

ダイヤモンド社『歴学』でウェーバーを

 さて、ダイヤモンド社の 歴学 (週刊ダイヤモンド別冊2010年1月号)にヴェーバーのプロ倫について書きました。関心のある人はお店で立ち読みか、購入してください。

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http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002YYPLMC/kikuzawakensh-22

: 週刊ダイヤモンド別冊 歴学(レキガク) 2010年 1/11号 [雑誌]

週刊ダイヤモンド別冊 2010年1月号

歴学(レキガク)

〈column_4〉『坂の上の雲』で描かれる明治人の“気質” 本木雅弘

〈column_5〉太平洋戦争の日本軍から学ぶ本五冊 秦郁彦

〈column_6〉鉄道を敷いた大実業家

column_7〉いま改めて──資本主義はどこに行くのか 菊澤研宗

〈column_8〉大坂商人の学校 懐徳堂 百瀬明治

歴史が学べるコミック一〇 坪井賢一

マンガ喫茶店長のオススメ歴史系 石川まきえ

〈くらたまの歴史人物萌え〉そこに欲望と美学はあるか 倉田真由美

〈奇襲成功の要因〉源義経と織田信長 海上知明

〈column_9〉真田昌幸が築いた上田城 濱口和久

〈オバマ政権側近による国際情勢分析〉リンカーンの叡智 ロバート・D・ホーマッツ

〈外交でしのぐ、情報で勝つ〉ビスマルクの戦争術 加藤千幸

〈column_10〉リーダーシップ論古典五選 バーバラ・ケラーマン

〈column_11〉世界史の降霊術 山下範久

坂の上の雲 第3回

 坂の上の雲第2回の視聴率は19.6%。微妙な数字。裏のTBSの番組も強い。

 さて、本日第3話、ついに近代日本が戦争への道に向かって行く。秋山兄弟も着々と陸海軍で出世して行く。兄好古はフランスから帰り、日本陸軍のさらなる強化の必要性を痛感しただろう。

 真之も中国清の立派な軍艦をみて、驚いただろう。しかし、東郷はその物質的凄さより、その軍艦を動かしている裏方の中国人たちのモチベーションの低さをみて、「結局、人だ」と真之に告げたのは印象的だった。

 戦争を避けたい日本も、やがて戦争を回避できない方向へと進んでゆくことになる。次回は、日清戦争だ。そして、三国干渉。日本はロシアにいじめられて、そして日露戦争へと進んでゆく。今年は、日清戦争までかもしれない。

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 さて、私の印象では、どうも思ったほど日本全体は「坂の上の雲」には関心がないように思える。いろんな本が事前にでていたが、実際にはそれほど盛り上がっていないようにも思う。みんな本を本でしまっているのかもしれない。

 しかし、このような現象はある意味で、非常に健全だ。日本人が一つの方向に向くのはむしろ危険だ。TBSの裏番組にも人気があるのは、とても健全な状態であり、成熟した感じだ。

 しかし、それでもなおマスコミや出版社の影響は強いと思う。マスコミによって、多くの人々は影響され、だまされる可能性があることを、ときどき垣間見るときがある。読者はわかっていないんだなあ~ということはよくあるのだ。

 さて、次回の坂の上の雲を楽しみにしたい。

2009年12月 9日 (水)

明日のアゴラで「論語」

 慶応MCCのアゴラでの講座も明日で第5回目となる。今度は中国思想、とくに論語の専門家をお呼びして講義をしてもらう。

 前回は、ハイエクについて専門家にお話しをしてもらったが、個人的には本当に面白かった。私の頭の中では、カント、ヴェーバー、そしてハイエクが結びついた。そして、さらにドラッカーまで結びついてきた。

 この関係に、さらに「論語」の孔子も結びつきそうだ。

 思想というものはおもしろい。結局、突き詰めると、言葉や表現は異なるものの、本質は似ているようにも思う。そして、最後の第6回は、福沢諭吉と渋沢栄一のビジネス思想となる。

 また、この講座に参加されている社会人のメンバーのレベルは本当に高いので、私自身勉強になる。

慶応MCC

http://www.sekigaku-agora.net/

2009年12月 8日 (火)

CGSキュービック・グランド・ストラテジーの使い方

 拙著『戦略学』ダイヤモンド社2008年、『戦略の不条理』光文社新書2009年で展開しているCGS(キュービック・グランド・ストラテジー)について、以下の点を注意してください。

CGSは以下の三つの世界を対象として展開される戦略です。

(1)物理的世界=資産やお金の増減

(2)心理的世界=心理的コスト・ベネフィット

(3)知性的世界=取引コストの増減

それぞれの世界への戦略的アプローチは、実は物理的な手段か、知性的手段の二つしかありません。つまり、心理それ自体を手段にはできません。心理的世界は主観的世界であり、あくまでアプローチされる対象です。

したがって、CGSは、物理的世界と知性的世界を利用して、物理的世界と心理的世界と知性的世界へアプローチする戦略となります。

昨日、竹内君が報告したように、明治維新で官軍が旧幕藩軍と戦ったときに利用した「錦の御旗」は、旗それ自体は物理的物体で、さらに権威という知性的世界の存在が付随し、そのことを官軍が心理的に理解した上で、それを用いて敵の心理的世界や知性的世界を攻め立てた戦略だった、ということです。

2009年12月 7日 (月)

坂の上の雲 第2回

 坂の上の雲のだ2回目が放送された。今回も良かった。とくに、兄の秋山古好が松山藩の関係で、ドイツではなくフランスに留学させられる場面が良かった。

 確かに、当時の陸軍はドイツ人メッケルの指導のもと、プロイセン式が中心であり、日本陸軍が目指す方向はフランスではなかった。

 こうした状況で、フランス留学となったから、さぞ辛かったと思う。

 しかし、私も遊びにフランスに行ったことがあるが、おそらくフランスに到着した古好は、憂鬱な気分は吹き飛んだろう。

 フランスは良いのだ。全然いいのだ。ドイツよりも、何かかっこいいのだ。パリの街も素敵だ。フランス人のなんとなく気取っているところろがいいのだ。そして、お洒落だ。

 歴史的に日本国にとって古好のフランス留学は正解であるとともに、彼自身も楽しめたのではないかと思う。

 シェルブールの雨傘(フランス映画の最高傑作のひとつ)センスがいい!

 彼氏が徴兵で戦争へいことがわかり、二人は悲しみの中へ、駅での別れのシーン、

(カトリーヌ・ドヌーブの美しいこと!)

 http://www.youtube.com/watch?v=tItw14rT1Tg&feature=related

 さて、今回の視聴率はいかに!

2009年12月 6日 (日)

民主党の不条理

 民主党政権をめぐって不条理が発生する可能性がある。その原因は取引コストだ。

 いま目的とする二つの状態をS1(社会にとってより好ましい状態)とS2(社会にとって好ましくない状態)とする。それぞれの状態にいたるには、それぞれの利害関係者と交渉取引する必要があり、それゆえそれぞれ取引コストTC1とTC2が発生する。

 現在の民主党政権は、社会的により好ましい状態S1を達成する場合、国民新党や社民ととの取引コストTC1があまりにも高いので、もしかしたら社会的に好ましくないS2を選択するという不条理に落ちいるのではないか、という不安な状況だ。(もちろん、どちらが社会的に好ましい状態かわからないが・・・)

 民主党政権にとって取引コストTC2が低い方を選んで、社会的に好ましくない状態S2へ進むのかもしれない。

 拙著『組織の不条理』ダイヤモンド社

菊澤研宗: 組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか

拙著『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

こうして日本軍は非効率的戦術を選択し、

こうして日本は戦争を選んだのだのかもしれないということを説明しているのだ。

2009年12月 4日 (金)

取引コスト、心理的コスト、物理的コストの関係

 拙著『戦略の不条理』では、ポパーの多元論的世界観にもとづいて議論を展開している。いま、三つの世界に対応するコストについて考えてみよう。

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

(世界1)物理的世界=物的金銭的資産の増減、会計的損益

(世界2)心理的世界=心理的なコスト・ベネフィット

(世界3)知性的世界=取引コスト

ここで、世界1,2,3には階層があることに注意する必要がある。世界3が最も高次で、世界1が低次の世界である。つまり、世界3が存在しているときには、すでに世界2と世界1は存在しているのである。逆にいえば、世界1があるからといって世界2や世界3が存在しているとはかぎらないのだ。

この階層性を理解すると、われわれ人間が、なぜ「取引コストの増減」を気にするのかが理解できる。つまり、世界3の住民である取引コストの変化は世界3の変化にとどまらないからだ。つまり、取引コストの変化はより低次の世界2の心理的なコスト・べンフィットに影響し、さらに低次の世界1の会計上の損益にも影響するのだ。

しかし、世界1の会計上の損益は必ずしもより高次の世界2の心理的コストベネフィットに影響する保証はないし、さらに高次の世界3の取引コストに影響する保証もないのだ。

以上のことから、より高次の世界の取引コストの変化は、われわれ人間にとっては非常に負担の大きなことだといえる。それは、より低次の世界2と世界1の変化を起こす可能性があるのだ。

●取引コスト↑→心理コスト↑→物的金銭的コスト↑(必然)

●心理的コスト↑→物的金銭的コスト↑(必然)

×物的金銭的コスト↑・・・・×・・・・・心理的コスト?(必ずしも必然的ではない。可能だが)

×心理的コスト↑・・・・・×・・・・・・・取引コスト?(必ずしも必然的ではない。可能だが)

●小林秀雄風にいえば、

モーツアルトの音楽自体に悲しい旋律がある(世界3)

           ↓

心理的な悲しみがあったのでは?(世界2)

           ↓

悲しい物理的出来事があったのでは?(世界3)

× 以下は必ずしもない。

 心理的な悲しみがあった(世界2)

          ↓

悲しい音楽が生まれた(世界3)場合もあるし、

生まれずに終わった場合もある(世界2で終わり)

以上のことを科学哲学的にいえば、

科学的知識発見の論理はないということです。創造的知識発見にいたる論理(ロジック)はない。何でもいい。偶然でもいい。ひらめきでもいい。ということです。         

2009年12月 2日 (水)

東洋経済オンラインで『戦略の不条理』の書評

先日は、拙著『戦略の不条理』についての書評が、日経BPネット「キャリワカ」にでた。

『戦略の不条理』光文社新書

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091109/194149/

これに続き、本日、『戦略の不条理』の書評が「東洋経済オンライン」でもでた。

『戦略の不条理』光文社新書

http://www.toyokeizai.net/life/review/detail/AC/4952f7099e6cd0d6908af67d4ccd444e/

 菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

どうも「週刊東洋経済」に書評が載っていたのかもしれない。

http://www.excite.co.jp/News/magazine/MAG12/20091124/318/

こういった書評がでると、素直にうれしいものだ。一般に、書評は有名人の知り合いがいないと難しいものだ。私にはそのような知り合いがいないので、書評がでると、純粋にうれしい。なんとなく、本当に、評価されたようで・・・

しかし、のんびりしていられない。他の人の書評を依頼され、いまその期限に追われている状態だ。その他にも、今月中の小さい仕事がたくさんあり、必死に原稿を書いている状況だ。

奇妙な学者の世界

 時々、学者の世界では奇妙な風景を見る。もしかしたら、実務界も同じかもしれない。

 研究発表会があると、業績が何にもない人に限って、はりきってとんでもない質問をしてこきおろそうとする。優秀な人々は、そのような光景をみて「あんたに言われたくないよ」と内心思っている。「その前にやることがあるだろう」と。まったく、不思議な光景だ。

 また、論文をまったく投稿したこともない人たちが、アカデミックな雑誌を牛耳ったりもする。その前に、自分で投稿して手本となる論文を書いてほしいものだと思うこともある。

 結局、こういった現象は風通しの悪い組織に起こるのだ。外との相互作用がない集団や組織では、こういった現象が起こる。

 まあ、世の中不条理だ。

 しかし、時代は少しずつ変化している。若い学者たちも、こうならないように頑張ってほしい。といっている私もだめな学者の一人で、知らないうちにみんなの邪魔をしているのかもしれない。

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