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2009年11月

2009年11月30日 (月)

坂の上の雲の視聴率

 昨日の「坂の上の雲」と裏の「内藤VS亀田」の視聴率がでた。

「坂の上の雲」17.7%

「内藤VS亀田」43%

 個人的には驚いた。私の予想では、「坂の上の雲」を録画して、リアルには「内藤VS亀田」を見る人は多いとは思ったが、これほど差がでるとは思わなかった。

 NHKがあれだけ宣伝してきたのに?この数字は何か現代を反映しているのだろうか?やはり、いまは何か短期集中的に爆発爆したい人が多いのだろうか?あるいは、意外と「坂の上の雲」は現代の人々に知られていないのだろうか?

 不思議な数字だ。

2009年11月29日 (日)

坂の上の雲

 NHKで放映された司馬遼太郎の『坂の上の雲』第1回は良かった。比較的、本に沿っていたように思えた。

 『坂の上の雲』、明治の日本がその坂を登り詰めて行けばやがて手が届くと思って、恋い焦がれた欧米的近代国家を「坂の上をたなびく一筋の雲」に例えた切ない歴史小説。

 秋山好古、真之、そして正岡子規、そして高橋是清、俳優も良かったし、おもしろかった。次回も楽しみだ。

拙著『戦略の不条理』と『戦略学』について

 拙著『戦略の不条理』光文社新書と『戦略学』ダイヤモンド社について、前者は軍事戦略の思想をより多く説明した本であり、後者は経営戦略の方を多く説明している。いずれもロジックは同じだ。最終的にキュービック・グランド・ストラテジー到達するように議論を説明している。

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

 この二つの本に関して、よく言われることがある。また、キュービック・グランド・ストラテジーについていわれることが多いのだが、具体的事例を入れてほしかったという意見だ。

 

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

 この意見については、本当にその通りだと思う。事例を多くすれば、より分かりやすく、さらに読者を満足させることができたかもしれない。

 しかし、事例は書き手にとって怖い。すぐに古くなるのだ。古くなった本はすぐに捨てられる。書き手にとって、できるだけ自分の本は長く存在してほしいものだ。そこで、古くならない軍事の事例か、非常に意義のある企業の事例なのだ。

 以上の点をご理解お願いしたい。

 上記の二冊の本が売れると、キュービック・グランド・ストラテジーの事例集を出したいのだが、そこまでは売れていないのだ。残念!

ベスト書の季節

 年末になると、その年のベスト経済書・経営書というのがいろんな雑誌に登場する。たとえば、以下のビジネス書大賞は2次審査で、ネットを通して投票するものだ。拙著『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫が1次審査を通っている。

ビジネス書大賞

http://biztai.jp/nominate.html?page=10

また、「TOPPOINT」という雑誌でも、12月号に拙著『戦略の不条理』の書評が掲載され、2009年度下半期のベスト書の投票を行っている。関心があれば、ぜひ1票を!

http://www.p-b.co.jp/

投票

http://www.p-b.co.jp/ankt1.asp?cd=200902

さらに、「週刊ダイヤモンド」や「日経ビジネス」でも毎年ベスト経済書が選ばれ、そしてそれに選ばれた本が店頭に並ぶという仕組みた。

どこの雑誌でもいいが、どこかで掲載されると、本当にうれしいものだ。しかし、今年も縁がなさそうだ。

2009年11月28日 (土)

経営理念と業績の関係に関する注意

 経営哲学の研究者の間では、経営理念と業績の間の因果関係について実証研究する人々がかなりいる。

 統計学を使って、研究が経験科学的であることを正当化することに関心がある人たちもいる。また、この関係を提示すれば、企業人が関心を示すという人もいる。

 しかし、この研究は注意すべきだ。私の考えはこうだ。

経営理念が企業の業績に影響を与えるかもしれないが、企業の業績を高めるために、経営理念が必要だとはいえない。

 その理由はこうだ。私が最近『戦略の不条理』光文社新書、『戦略学』ダイヤモンド社で議論の基礎としているポパーの多元論的実在論について理解してほしい。

多元論的世界観=世界は以下の三つの世界からなっている。

世界1=物理的世界、物質、肉体の世界

世界2=心理的世界、心の状態の世界

世界3=知識的世界、知識、理念、思想、観念の世界

これら三つの世界は相互に相互作用するが、相互に還元できない世界であり、相互に自律的である。つまり、世界1によって世界2のすべての動きは説明できなし、世界2によって世界3の動きを説明できない。

さらに、三つの世界には階層がある。世界3が最も高次で、世界1が最も低次である。なぜか。カブトムシのような昆虫は物質から構成されているが、心理的世界や知識的世界があるとは限らない。しかし、人間のように世界3つまり知識を保有している場合には、すでにそれを生み出した心理的世界や物理的世界が存在していることが前提なのである。

つまり、世界1が存在するからといって、世界2と世界3が存在する保証はない。しかし、世界3が存在する場合には、すでに世界2と世界1が存在していなければならないのだ。

以上のことを理解すると以下のことが理解できるだろう。

経営理念は世界3の住民である。経営理念があるということは、それに影響を受ける従業員の心理的世界2があり、さらにその心理に影響されて、業績という世界1の結果がうまれてくるのだ。この流れがヴェーバーのプロ倫のロジックである。

しかし、その逆は必ずしも成り立たないのだ。このことにヴェーバー気付いていたのだ。業績は世界1の住民だ。業績が高いからといって、それに影響される心理的世界2があるという保証はない。そして、またそれに影響される世界3としての経営理念があるは言えないし、必要もないのだ。ただ世界1でひたすら業績だけを動物的に肉体を使って追求することはできるのだ。

 以上、理念は業績に影響を与える可能性はあるが、その逆はいえない。

ヴェーバーとハイエクが残した現代資本主義の課題

 ヴェーバーは、西欧における近代化が、宗教の合理化(宗教改革)に始まり、それが人々の心を合理化し、そしてそれが生活態度への合理化へと発展し、金儲けが正当化されていったことを論証した。

 人々は、救われるかどうか、分からなかったが、天職として自らの仕事をまじめに遂行することによって救いへの確信を得ようとした。換言すると、誠実に金儲けをすることによって、救いへの確信を得ようとしたのだ。これが価値合理的行為だ。

 しかし、やがて人々は宗教とは別に、金儲け自体を目的として行動しはじめた。目的合理的な行為へと変化した。冷たい官僚制組織、感情のない市場経済社会。そして、そこに待っていた世界はかつてのプロテスタントと同じだった。

 この問題にハイエクは気付いた。市場競争はだれが選択され、だれが淘汰されるかわからない。結果だ。だれが救われるか、だれが救われないか。だれもわからない。それゆえに公平なのだ。それでも、救いをもとめてビジネスができるか、どうか。リスクを背負ってビジネスを起こし、市場競争に参加するかどうか。いまや、プロ倫(宗教)に対応するものはない。現代のわれわれは、どうすべきか。価値合理的行動は可能か?

 全知全能の神はいない。儲かる方向を指導してくれる官僚などいない。命令に服従している人生は楽だ。親にいわれる通り、やるのは楽だ。しかし、人間は神ではない。本当は、だれも儲かるかどうかわからない。それでも、ビジネスをやるかどうかだ。

 ビジネスを展開する人は、他人に言われて失敗するくらいだったら、自分の思うままやって失敗したほうがいいという気概が必要なのだ。これ不完全な人間に与えられた自由だ。・・・・・・・・・・・

 

 この続きの答えは、カント哲学にあるし、ドラッカーの経営哲学にもあると思う。ヴェーバーとカント、ハイエクとドラッカーはセットなのだ。この続きは、また次の機会に。

 

2009年11月27日 (金)

2010年度菊澤ゼミ5期生の入ゼミ試験について

菊澤です。

菊澤ゼミに関心のある2年生へ
来年度の菊澤ゼミ(5期生)の募集については以下の通りです。
(同じことが菊澤ゼミのHPのブログにも書いてあります。)

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kikuzawa/

 今回で5期目です。4期生が優秀な学生が多いので、5期生にも期待しています。ゼミ員に聞くと、やはりゼミナールといのは、日吉の授業と違って面白いそうです。

 もちろん、私も慶大商学部出身なので、日吉での状況がどんなものなのか、大体、推測できます。やはり、慶大に入学して一番意義があり、おもしろいのはゼミです。ゼミを経験しない学生は慶大に入学して損をすると思います。


 しかし、ゼミというのは、私と学生との関係だけではありません。同期の仲間も面白いのです。さらに、1年上の先輩との関係も面白いのです。いろんな人間がいます。

 1期から4期まで、みんな比較的優秀です。社会に出て、これだけ優秀な人間が同じ時間で同じ場所にいる機会は少ないかもしれませんね。共同研究をしたり、スポーツをしたり、一緒に酒を飲んだりして、楽しい時間を共有してもらいたいですね。一番楽しい時です。

 ゼミ試験は、大体、昨年と同じ方式で行います。

★入ゼミのプロセス
(0)選考仮登録票提出
(1)選考願書提出+レポート提出
(2)選考・入ゼミ面接試験
(以下のゼミナール委員会HPを参考にしてください)

★募集人数 15名程度
(少なくても、できれば1次で終わらせたいと思っています。)
良い学生が多くくれば、15人でも20人でも全員合格にします。ちなみに4期は18名=男子12人+女子6名

★入ゼミ試験は、以下のように考えています。
(1) レポート(読書感想文1本 A4紙 枚数は自由です。ワープロで。)

対象図書=私(菊澤研宗)の著書

私の本については、アマゾンで調べてみてください。

●アマゾン
http://www.amazon.co.jp/s/qid=1259320173/ref=sr_st?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&rs=465610&page=1&rh=n%3A%21465610%2Ci%3Astripbooks%2Cp_27%3A%8Be%E0V%8C%A4%8F@&sort=salesrank

●慶大図書館
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/

★提出レポートについての注★

 本当に、菊澤ゼミに入りたいんだなあ~といいうことがわかればいいと思います。一生懸命に書いていることが伝わるようなレポートをみて、落とそうと思う人はいませんので、ナーバスになる必要はありません。逆に、手抜きのレポートはすぐに見抜きますので、避けてください。

(2) 面接
現3年生とともに面接を行います。
●ゼミ中心に活動できるかどうか。
●組織人として行動できるかどうか。
その点を見極めたいと思っています。

以下の学生は難しいと思います。
×:ゼミを同好会だと思っている人
×:アルバイトで忙しい人
×:体育会で練習・試合で忙しい人
×:自分の趣味に忙しい人
×:就職の手段としてゼミを考える人

★★私の個人的な好み★
Eメールなど、すばやく連絡や論文添削のやりとりが
メールできる人を好みます。連絡のつきにくい人や連絡反応の遅い人は、あまり好みません。(私も日々時間と戦っていますので、どうかこの点、お願いします。)

やはりハイエクはおもしろい

 昨日は、慶応MCCのアゴラで、新進気鋭のハイエク専門家山中先生にハイエクについて講演をしていただいた。やはり、思った通り、ハイエクはおもしろかった。

 ハイエクは、人間の理性は限定されているという立場だ。だから、超エリートの存在を前提とする中央政府による計画経済や社会主義を否定する。あくまでも個々人の行動を中心とする市場経済の方がいいという。

 また、われわれの理性が限定されているので、自由が存在しているともいう。つまり、もし全能の神がいれば、みなその神のいうとおりに行動すればいい。そこには命令と服従だけがあり、自由はないのだ。

 しかし、そんな全能の人はいないのだ。それゆえ、誰かのいうことに従うことは危険だ。結局、不完全な人間は不完全な他人の指示に従うよりも、自分で行動し、それに対して責任を追うべきなのだ。それゆえに、人間には自律的に行動する自由があるというわだ。

 おもしろい。

やはりカント哲学と関係していると思う。人間は自由にうまれついたがゆえに自由なのではなく、自由を行使し、その責任を担って生まれたゆえに自由なのだ。byKant

2009年11月25日 (水)

経営学者はどこに行こうとしているのか?

 最近の経営学者、とくに若い経営学者は、この先本当に危険な道が待っているといいたい。

 昔は、学問の世界と実務の世界が分かれていた。平和な時代だ。学者は、ニックリッシュの『組織、向上への道!』やバーナードの『経営者の役割』という難解な本を徹底的に解釈する。それは実務とは直接関係のない世界だったのだ。

そのような世界があることを実務家も知っており、学問と実務の世界は異なることを認めてくれてもいた。

 しかし、いまは違う。実務家が要求してきたのか、あるいは経営学者の方から降りていったのか、分からない。多くの経営学者が、学問の世界から飛び出て実務の方に向かっている。融合し始めている。

 これは安易にいいことだと思ってはいけない。危険な道だ。とくに、何も実務経験のない若い経営学者には危険だ。果たして、実務家を納得させることができる議論ができるだろうか。

 実は、学会で実務経験のない素人の学者たちを納得させるような実務的話をしているのではないだろうか。これは危険である。自分の存在意義を喪失する。とういうのも、それならば、実務家を学者にすればいいからだ。

 私は、学者としていいたいのは、若い経営学者は若い時からある会社の社史のような調査研究をするのではなく、原理、学説、哲学、認識論、方法論、統計学などを研究してほしいと思う。そうしないと、やがて社会人の前に堂々と立てないと思う。

 若い研究者たち、がんばれ!

経営学を救ってくれた人P.F.ドラッカー

 ドラッカーは日本では非常に人気がある。ドラッカーの凄さは、いろんな言葉で表現されている。その中で気になる言葉がある。これだ。

 「マネジメントを発明した人」「経営学を発明した人」

 私は、経営学者としていいたいのだが、ドラッカーがマネジメントや経営学を発明した人とは思わない。

 そうではなく、私はドラッカーのことを「経営学を救ってくれた人」と言いたい。これはどういう意味か。経営学は、今日、ひとつの学問分野として認められているが、その歴史は悲惨なものだ。

 経営学の歴史は、実は経済学との戦いの歴史でもある。経済学の方がその誕生が早かったこともあり、経営学が登場したときには、経済学者から「金儲け学問」「独占資本の落とし子」と批判された。それは、下品な学問なのだ。

 これに対して、金儲け学問で何が悪いといえるようになったのはドラッカーのおかげだ。金儲けをするために、どんどんイノベーションを起こし、新しい産業社会を形成する、その担い手が経営者であり、それを研究するのが経営学だということになる。

 国家全体を扱う経済学も重要だが、その全体の枠組み自体を創造的に破壊するのが、経営者であり、それを研究すのが経営学なのだ。この意味で、経営学は存在意義があるのだ。

 ドラッカーに感謝したい。

 

 

2009年11月23日 (月)

今年の三田祭、そしてOB会

 菊澤ゼミのOB会は三田祭期間中に行う。今回も、OB会会長の高橋君が忙しい中、場所を設定しれくれて、楽しかった。時間があっという間に過ぎた。たくさんのOBがきてくれると、楽しく、嬉しいものだ。ぜひ来年もみんなと会いたい。

 さて、今年も、当然、慶応義塾菊澤ゼミでは三田祭で研究論文を展示した。

 昨日、12時に展示室にいったときはには、午前中に1人ということで、その少なさに驚いたが、午後からはいつものように怒涛のように、たくさんの人たちがきたようだ。

 今年は南校舎が立て替え中で、ゼミの展示会場も南館の地下2階という最悪のコンディションだった。その場所を探すのに、私自身も苦労するほどだった。

 しかし、それでも菊澤ゼミの三田論展示室には、社会人もたくさん来たのではないかと思う。私が中央大学のアカウンティングスクールで教えていたせいもあって、社会人も来てくれる。ありがたいことだ。また、来年の入ゼミ希望者である2年生もたくさんきてくれたようだ。

 今年の3年生も、昨年と同様に、とても苦しみながら研究を行ってきた。その努力を私はよく知っている。その努力も、昨日と今日で報われたのではないかと良いと思う。

 しかし、本当にその成果が表れるのはこれからだ。この9月、10月、11月に手抜きをせずに真剣に研究したものには必ずそれに報いるようなチャンスが向こうからやってくるものだ。やっていない人にはチャンスはこない。つかみに行くことになる。断言する。

 ということで、菊澤ゼミ4期生御苦労さま

ビジネス書大賞biz-tai

 ネットをみていたら、「ビジネス書大賞biz-tai」というのがあり、私の本『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫もノミネートされていた。驚いた。何のコネもないのに・・・ノミネートだけでも、嬉しい。

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

http://biztai.jp/nominate.html?page=10

 これは1次審査で、ここから投票に入るようだ。こういった賞というものに、私はあまり縁がないので、どうしても政治的な疑いをもってしまう。

 しかし、それが必ずしも悪いとは思わない自分がいる。

 **経済賞、**学会賞、・・・・いまやたくさんの賞がある。本来、内容が十分吟味され、すばらしい作品に賞は贈られるべきである。そのが本筋だ。

 しかし、たくさんの作品から素晴らしい作品を見つけ出すにはコストがかかるのだ。そうすると、コスト削減するために、特定の審査員が決定され、その関係者の本が選択される。この時点で、関係者に友達がいないと、賞の対象になるのは難しい。やはり人間関係は重要だと思う。とくに、著名な人との関係は重要なのだろう。

 さて、最近の学会賞はまったく知らない人が賞を受けることもある。これは純粋にいい作品を選んでるからかもしれない。しかし、残念ながら、それでは賞の価値が高まらないのだ。だれもそのような賞を本当に取りたいとは思わないのだ。

 やはり、将来有望な人や期待されている人、さらにすでに有名な人が受賞すると、その賞の価値は高まるのだ。こういった人が賞を受賞すると、彼らはまた本を書き、作品を仕上げ、自己紹介の欄にその賞を書くので、その賞の価値は高まるのだ。

 こういった意味で、受賞者は多少政治的理由も加味されて決定されてもいいのかもしれないと思う自分がいる。

 さて、私自身は賞に縁がないのだが、個人的には小林秀雄と山本七平のファンなので、k林秀雄賞と山本七平賞にとても憧れている。

 だれか知り合いがいないかなあ~

 菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

とくに、今回の著『戦略の不条理』では山本七平について少しだけ取り上げた。読者は、これを批判と受け止めたかもしれない。そうではないのだ。それは山本七平ファンとしての私からのリップ・サービスなのだ。

 

 

2009年11月21日 (土)

日経BPのキャリワカに『戦略の不条理』の書評

 いまだ、アマゾンでは拙著『戦略の不条理』は1~2か月待ちの表示がでている。これでは、だれも買わない。と、思っていたら、それでも買う人がいて、ランキングが上がっていた。

 おかしいと思っていたら、その理由が分かった。日経BPのHPのキャリワカに『戦略の不条理』光文社新書の書評が載っていたのだ。書いているのは、『情報は一冊のノートにまとめなさい』という本を31万部も売った奥野宣之氏だ。ありがたいことだ。

『戦略の不条理』の書評

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091109/194149/

また、12月初めには、株式会社パーソナルブレーンの『TOPPOINT』という雑誌で4ページにわたって『戦略の不条理』を紹介してくれる予定だ。とても楽しみだ。

一読の価値のある新刊書を紹介する情報雑誌『TOPPOINT』

http://www.p-b.co.jp/

さらに、12月4日ダイヤモンド社が発行する『歴学』という雑誌に、マックス・ヴェーバーのプロ倫を紹介する記事が掲載されますので、ぜひ本屋で読んでみてください。

 

2009年11月20日 (金)

知性的世界をめぐる誤解について

 拙著『戦略の不条理』は、なんとかまだ売れているようだ。横浜の有隣堂で、2刷があったので、2刷も出てきているようだ。

 さて、この本では、ポパーの多元論的世界観を基礎としているのだが、心理的世界と知性的世界の区別が分かりにくいという意見を聞く。その原因の一つは、知性的世界とうネーミングにあるかもしれないと思っている。

 実は、ポパーは世界1(物理的)、世界2(心理的)、世界3(理論内容)と述べており、世界3を常に「知性的世界」と積極的に呼んでいるわではない。彼自身は、「世界3」あるいは「第3世界」と呼んでいる。

 ポパーの「世界3」を積極的に「知性的世界」と呼んでいるのは、私である。こう呼んでいるのは、この世界3は5感ではなく知性によってその実在あるいは存在を理解できるという意味である。

 こういった説明が、ポパーに何度も見いだせるし、ポパーも「知性的世界」といっているときもあるので、私は「世界3」を「知性的世界」と呼んだ。

 しかし、多くの人々は文字通り「知性の世界」を「人間の知性(脳)の世界(最近、脳科学が流行っていることもあり)」だと思ってしまい、「心理の世界」と混同してしまうのだろう。

 もう一度、定義したいと思います。

●「知性的世界」とは、脳の働きのような知性や脳それ自体の世界ではなく、「人間の知性によってその存在を理解することができるもの」つまり「理論内容」や「技術」や「特許」や「制度」といった実在のことをいう。

 「知識的世界」あるいは「言明的世界」といった方が狭いのですが、誤解を避けれたかもしれませんね。

2009年11月18日 (水)

『戦略の不条理』でのクリティカル・マネージング・フローとPDCAサイクルとの違い

 さて、拙著『戦略の不条理』光文社(アマゾンでは1,2カ月待ち表示だが、実際にはすでに買えるはずということらしいですので、ぜひ関心のある人は買ってください)で、展開しているTS1(暫定的戦略)→EE(批判的議論)→P1(問題)→TS2(暫定的戦略)のサイクルがPDCAサイクルと同じだと思っている人がいるようだが、異なっている。

PDCAは経営学でいう管理プロセスの一種だ。それは、もとをたどれば、テーラーの課業管理であり、Plann →Do→ Seeのサイクルの変種だ。

まず、一日に可能な仕事量を基準値(計画値)として設定し、それにもとづいて従業員を働かせる。そして、その結果と基準値を比較し、差があれば、基準値を下げるか、あるいは従業員をさらに基準値に近付けるかとなる。後者を行うために、テーラーは基準値を超えた労働者には割増賃金を、基準以下の労働者には割引賃金をという差別出来高賃金制度を提案した。

これに対して、私の提案しているTS1→EE→P1→TS2・・・は、ポパーの科学的知識の成長の図式を応用しているのだ。

ポパーによると、科学は批判によって進歩するのだ。いま、TS1をニュートン理論だとしよう。これを批判的に議論し、その反証事例を見出そうという試みがEEである。そしてもしニュートン理論と矛盾する反証事例が発見されたならば、その矛盾が問題P1となる。次に、ニュートン理論TS1が説明に成功した領域を説明し、かつ反証事例をも説明する新しい理論つまりアインシュタインの相対性理論が登場することによって、われわれは認識進歩したといえるのだ。

この考えを企業の戦略行動に応用しているのが、私のクリティカル・マネージング・フローなのだ。それは企業を進歩させる方法なのだ。

2009年11月17日 (火)

またやってしまった

 昨日は、日吉でゼミの説明会があり、その後、オープンゼミを行った。ゼミを見に来てくれた2年生、関心があったら、トライしてください。

 さて、オープンゼミも終わり、今日も慣れてない東横線に乗り、横浜に帰ってきた。しかし、またやってしまった。女性専用車両だ。

 今回は、日吉から各駅に乗った。座れた。このまま、座って各駅で横浜まで行こうと思ったのだが、ちょうど菊名で急行の待ち合わせとなった。待っていると、急行を待っている人が少ないように思えたので、急行に乗り換えることにした。

 急行がきた。さっと乗る。座れなかったが、前に座っている女性の視線が気になる。気になるから、なんとなく視線が痛くなった。前にどこかに経験したことのある雰囲気だ。そして、周りをみた。女性ばかりだ。

 しまった。また、引っかかってしまった。ここで、すぐに動いて、ドアの方に逃げると、なんとなく失敗を認めてしまいそうだ。そこで、まだ気付かないふりをすることに決めて、堂々と立っていた。

 やがて、横浜駅についた。すぐにドアに駆け寄り、とっさに降りた。もう、本当に東横線は乗りにくい電車だ。

2009年11月12日 (木)

バスの中にある特別シートをめぐって

 米国では、社会全体がそういった雰囲気なのだが、バスの中では自然とレディーファースト、老人、子供に席を譲る。それが実にスムーズであり、その流れにわれわれ日本人も溶け込める。

 ところが、日本に帰国すると、これがまったくできない。席を譲ると、譲られた方も「私は老人じゃない」という顔で迷惑がられるときもある。難しい。

 さて、昨日、雨の日、私は夜疲れてバスに乗った。ご存じのように、バスは乗車口近くに赤いシートがあり、そこが特別シートとなっている。ちょうど、そこが開いていたし、私もその日は疲れていたし、この時間帯に老人が乗る可能性は低いし、もしかしたら、もう私もそのような年齢なのかもしれないと、瞬時にいろいろと、考えて座った。

 なにもなく、バスは動き出した。すべてが予想道理だ。と、思った。しかし、次の瞬間、バスがあるバス停で止まり、老人かどうか微妙な男の人が乗ってきた。困った。その人は、やはりすわりたいのか、バスの奥に行こうとしない。

 しかし、この雨でこの時間まで外出しているくらい元気なのだから、老人とはいえないかもしれないと自分にいい聞かせ、席を譲るのをためらった。しかし、その男の人はやはりバスの奥の方へ移動しない。困った。

 動けない状態だ。ナッシュ均衡かもしれない。しかし、次の瞬間その均衡は崩れた。

 次の停車場にバスが着いたとたんに、たくさんの元気のいい人々が乗ってきて、その老人はその人波に押されて奥に行ってしまったからだ。

 カントによると、こういった迷う気持ちがあるだけでもいいのだ、ということらしい。それを「理性の事実」というのだ。私は悪しきカンテリアンかもしれない。

2009年11月11日 (水)

『戦略の不条理』についてとその他ちょっとした不満

 昨日、『戦略の不条理』光文社新書がアマゾンで購入されるようになったと、書きましたが、いまみたら、アマゾンではまた2、3カ月待ちなりました。どうも、まだ十分補充されていないようですね。

 いま、おそらく急いで増刷していると思いますので(出版社から先週の月曜に増刷の連絡を受けていますで)、もう少ししたらすぐに買えるようになると思いますので、どうかよろしくお願いしたいと思います。

 『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫の方は、完全に補充されるているようで、こちらの方は大丈夫です。

******************

 ところで、今日、驚いたのは八ッ場ダムに関連するニュースだ。この工事に関連する建設関係会社に国土交通省からの天下りがたくさんいるという話だ。こんなところにお金を投資する必要はない。

 いま、一番重要なのは、小中高の教師だ。私はとにかく彼らの待遇をもっともっと良くしてほしいと思う。いまの政策は逆だ。待遇を悪くしているので、優秀な人々は集まらない。

 優秀な人材はいつの時代もたくさんいるわけではない。その時々に、ある領域に集まっているのだ。とくに、米国はわかりやすい。戦争中には、軍事関連に集まった。暗号解きの天才、武器製造の天才、・・・、しかし、その後は、そういった天性はファイナンス分野に集まっている。日本も同じだ。

 多くの子供たちだけではなく、大人も小中高の先生になりたいというそいう職にする必要があるのだ。私も子供の授業参観にいったことがあるが、先生が疲れていてしかも輝いていないのだ。「ああ~」と思った。

 ***大学教育学部の大学の先生には、ぜひ頑張ってほしい。******のガバナンスにかかわるような講演にやってくるひまがあったら、まずそこをなんとかしてほしいと思うのは、きっと私だけではないと思う。

 

2009年11月10日 (火)

やっとamazonで拙著が購入可能となりました

 ここ数日、拙著『戦略の不条理』光文社新書と拙著『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫が、偶然、amazonで在庫が切れ、1カ月2カ月待ちとなっていたが、ついに在庫が補充されたようで、すぐに購入できるようになった。忙しくて、本屋で購入できない人はぜひネットで購入してほしいものです。

『戦略の不条理』

昨日、amazonでは、贈り物として贈られている本のベスト5に拙著『戦略の不条理』が入っていたので、びっくりした。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

『組織は合理的に失敗する』

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453219511X/kikuzawakensh-22

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

  

 

2009年11月 8日 (日)

JALをめぐる不条理 取引コスト、サンクコストを無視できないのはなぜ?

 JALをめぐって揺れている。マスコミの論調では、JALがつぶれてもJALのOBは高い年金を取り続けるのか!という感じだ。無知で馬鹿な人たちだということになる。

 しかし、まさにそこに不条理が起こっているのだろう。当事者たちも、おそらくみんなわかっているのだろう。これがばかげていることなど。個別合理性と全体合理性が一致していないのだ。

 その原因はいろいろあるだろうが、年金受給者たちが自発的に調整し、一致させるための取引コストがあまりにも高いのであろう。(サンクコストが高いのかもしれない)そこで、「全体効率性のために、そんな調整・取引コストなど無視すればいいじゃん!」というのは簡単なのだが・・・

 そうするコストはもっと高いので、結局、調整・取引コストを節約するために、国が法律を変えて強制的に行う可能性が高い。

*********

 しかし、別の側面も見る必要もある。いわゆる公共事業として各地にビジネスにはならない飛行場を作ってしまうと、なんとかしてそこを航空会社に利用してもらう必要がある。 

 航空会社も損得を計算するので、本来ならだれもそこに飛行機を飛ばしたくないだろう。しかし、こういった場合、JALは断ることができたのだろうか?断るには取引コストがあまりにも高かったかもしれない。

 ここでも不条理が起こっていたのかもしれない。

**********

 あまり理論的ではない人は、安易に簡単に「そんな取引コストを無視すればいいじゃん」といったり、突然、規範的に「このような場合には取引コストは無視すべし」と命令することになる。

 同様のことが「サンクコスト」についてもいえる。「サンクコストなど無視すべき、無視しなければならない」と規範的命題を語る人が多い。

 しかし、経験的には「取引コスト」や「サンクコスト」を無視している人は少ないのではないかと思う。だからこそ、無視すべきだという規範的命題を持ち込むのだろう。

 ではなぜ人間は取引コストやサンクコストを無視しないのか。(取引コストやサンクコストにだまされるのかという言い方でもいいが)

 答えは簡単だ。それらを無視することに、コストがかかるからだ。取引コストやサンクコストをタダでは無視できないのだ。そのコストがまた非常に高いので、無視できないわけだ。無視しないで認めた方がラクなのだ。つまり、個別効率性を追求した方が楽なのだ。(ここでは「楽」という言葉をシャレで使っているが、それは辞書によると使い方が間違っているなどどお叱りを受けるかもしれないので、正確にはコストが低くいのだ)まさに、シカゴ学派代表のひとりH・デムゼッツもいうように、「フリーランチはない」。

 頭のいい人間ほど、瞬時にこんな計算するのだ。

ではどうすれば、この不条理な状況から抜け出すのか。その答えを以下の二つの著書の文庫版のあとがきや最後の章で示しているのだが・・・・そこも読み取ってもらえるかどうかは、読者に依存するしかありません。

 上記のことも理解して、読者にはぜひ拙著『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫を読んでほしいですね。

 しかし、amazonでは拙著『戦略の不条理』光文社新書と同様に品切れで3週間から5週間待ちになっていて、早く補充してほしいものです。光文社新書の方は増刷しているので、もうすぐ入荷されると思いますが・・・・・・それでも購入してくれている方いるようで、非常に感謝感激しております。

『組織は合理的に失敗する』

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453219511X/kikuzawakensh-22

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

『戦略の不条理』

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

2009年11月 6日 (金)

カント、ヴェーバー、ポパー

 多くの哲学者や学者がカントの哲学を発展させてきた。しかし、私が考えるカント哲学の継承者は、経済社会学者であるマックス・ヴェーバーと科学哲学者カール・ライムント・ポパーだ。

 カント哲学の最大の問題は

(1)人間は他律的(因果法則に従う存在、刺激反応する存在)であるとともに

(2)人間は自律的(自らの意志を原因として行動する存在)であるとしている点である。

これらは相互に矛盾するのだ。

カントはこの矛盾を二元論的世界観に立って解決しようとした。つまり、人間は因果法則が支配する「現象界」と自由意志が存在する「物それ自体の世界」の両方の世界に住んでいるというのだ。

マック・ヴェーバーは、この同じ問題を以下のようにとらえた。

(1)人間は目的合理的であるとともに

(2)人間は価値合理的だとした。

「プロ倫」で、西欧では宗教改革から価値合理的な行動によって近代化が起こり、やがてその行動は目的合理的となり、自由なき冷たい世界が来るだろうと予言した。いかにして人間の自由を回復するかが問題だったのだ。

K・R・ポパーはこの問題を以下のような世界観の問題として捉えた。

(1)決定論の世界

(2)非決定論の世界

そして、世界はどうなっているのかに関して悩んだ。

この3人の哲学は非常に面白い。

さらに、これらの哲学と関係しているのが、ニックリッシュ、バーナード、ドラッカーだ。最近、改めて面白いなあと思うのは、ドラッカーだ。

2009年11月 5日 (木)

体調が悪い

 昨日からももに内出血があり、痛くて歩けない状態になった。それでも、今日は、朝から日大で講義があり、無理して大学にいった。

 その後、慶大のメディカルセンターで、湿布と痛み止めの薬をもらい、少し落ち着いた。明日も講義があり、歩けるかどうか、心配だ。

 さて、今日は、上記の理由で、右足を引きずりながら、道をゆっくり歩いていた。そうすると、身体障害者の方の気持ちも少しだけわかる。やはり、他の人の視線というものを感じる。こういった経験は久しぶりだ。

 実は、大学時代にも経験した。

 クラブで奈良にいったことがある。その宿舎は古くて有名なところだ。その宿に着くやいな後輩とじゃれていたら、足で窓ガラスを割り、私の足にガラスの破片がくい込んだ。そのまま、病院にいって治療を受けた。

 奈良と京都の見学はすべてパーになった。そして、足を引きづりながら東京にもどってきたことがある。そのときも、異常に人々の視線を感じた。

 さて、今日もこういった姿をみられたくないので、人通りの少ない道を選んで歩るいていたのだが、こういうときに限ってなぜか知り合いに合うものだ。今日も、会ってしまった。「しまった」と思った。

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さて、拙著『戦略の不条理』光文社新書はいまも売れ行き好調らしい。しかし、amazonでの売れ行きは少し止まっている。少し心配。

また、『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫は、amazonでは在庫がないようで、ここ数日3週間から5週間待ちになっている。はやく補充してほしいものだ。こちらも、心配。

2009年11月 4日 (水)

経営学と軍事学の融合三部作

 拙著『戦略の不条理』光文社新書では、経営戦略論と軍事戦略論の融合を行っている。このような試みに関心を持っていただいた読者には、ぜひ他の拙著も購読お願いしたい。実は、以下のように三部作になっています。

(1)『戦略の不条理ーなぜ合理的行動は失敗するのか』光文社新書2009年10月16日

この本は経営戦略と欧米の軍事戦略を融合させ、新しい戦略の哲学を提案しています。孫子、クラウゼヴィッツ、リデルハート、ロンメル、ハンニバル、ナポレオンなどの戦略思想やポーターの競争戦略、資源ベース理論、ブルーオーシャン戦略、行動経済学、取引コスト理論なども理解できるように工夫しています。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

(2)『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫2009年9月3日

この本は、9年前にダイヤモンド社から出版した『組織の不条理』の文庫版です。ここでは、2009年度ノーベル賞受賞の対象となった取引コスト理論、エージェンシー理論、所有権理論を用いて、旧日本軍の行動を分析しています。関心のある人はぜひとも一読をお願いしたいと思います。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/453219511X/kikuzawakensh-22

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

菊澤 研宗: 組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか

(3)『命令違反が組織を伸ばす』光文社新書2007年8月14日

この本は、行動経済学、取引コスト理論、法と経済学などを用いて、日本軍の太平洋戦争での行動を分析しています。関心があれば、ぜひ一読お願いしたいと思います。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334034136/kikuzawakensh-22

商品の詳細

2009年11月 2日 (月)

祝!増刷 『戦略の不条理』光文社新書 

 拙著『戦略の不条理』光文社新書が、はやくも増刷となりました。2週間ぐらいで、増刷となったので、驚いています。読者のみなさんに、感謝します。

amazon『戦略の不条理』

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334035299/kikuzawakensh-22

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

 この本は、経営戦略論と軍事戦略論を融合するものであり、ビジネスマン、ビジネスウーマンには教養としてぜひとも一読してもらいたい本です。

 軍事戦略論として、山本七平、孫子、クラウゼヴィッツ、リデルハート、ロンメル、ハンニバル、ナポレオンなどの戦略論も要領よくまとめています。

 また、経営戦略論として、ポーターの競争戦略、資源ベース、ブルーオーシャン戦略の流れや、最近はやりの行動経済学(心理経済学)、そして今年ノーベル経済学賞を受賞したヴィリアムソンの取引コスト理論なども紹介しています。

 最後に、私の提案する「戦略のキュビズム」「キュービック・グランド・ストラテジー」についても説明しています。

 さらに、詳しい説明を求めるている人は、単行本として書いた拙著『戦略学』ダイヤモンド社にもっと詳しく説明しているので、こちらも合わせて読んでいただけいると嬉しく思います。

 amazon拙著『戦略学』ダイヤモンド社

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4478006075/kikuzawakensh-22

菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

引き続き、ご支援ください。

思うこと

 昨日は、経営哲学学会関連の事務的仕事を終えた。大学院生に手伝ってもらい、無事終了。やはり、1日かかった。

 こういった仕事になると、やはり信頼できる大学院生にお願いすることになる。もちろん、大学院生にはフリーライダーがいる。そういった人が、大学の先生になるかと思うと、つらいものだ。

 私は、大学院生としてそういった人を受け入れないので、私が指導している学生にはそういった人はいない。しかも、優秀な人間ばかりなので助かっている。

 日本の大学は、米国と異なり、研究だけすればいいというシステムになっていない。半分は大学の事務的仕事に追われる。できる人は、どちらもできる。雑務が多すぎると嘆く人、雑務に手を抜く人もいる。しかし、そういった人にかぎって大した研究はしていないのだ。

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 ところで、最近は年配の人々の数が本当に多くなった。私のような通勤ラッシュを避けて生きているような人間には電車の中、横浜駅などので、本当に老人が多くなったと感じる機会が多い。

 そして、老人の困った行動に出くわすことも多い。

 たとえば、昨日のエスカレーターだ。私は急いでエスカレータを降りたかったので、右側を降りようとしたら、エスカレータの真ん中に老人がいて、両手で道をふさいでいる。何をしているのかと思ったら、ストレッチのように柔軟体操をしていた。困ったものだ。

 それに対して、子供は素晴らしい。

 昨日、帰宅途中の電車の中で、座った瞬間、なにか首に動くものを感じた。それを払ったところ、前にいた小学生が「クモがいます」といって、私を静止させた。そして、次の瞬間、恐れることもなく、その子は親切にもちいさなクモを両手でつぶさずに捕まえてくれた。その子の親切さには、本当に感動した。両脇には両親もいて、微笑んでいた。私は、その子にお礼をいい、さらにその両親にもお礼をいった。

 

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