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2009年7月29日 (水)

試験と人間の性善説と性悪説

 いま、どこの大学でも前期の試験を行っていると思う。こういった時期、われわれ大学教員にとって、もっとも頭を悩ます問題は学生の不正行為、カンニングだ。学生も巧妙な行動をとる。

 私は、いま学習指導主任を担当しており、不正を犯した学生や疑わしい学生と面談し、指導する役だ。また、このようなことに関連して先生とも話しをする立場だ。幸い、今回はほとんどない。

 しかし、こうした立場にいると、学生の不正行為に対して性善説の先生と性悪説の先生とでは対処の仕方に大きな違いがあることがわかってきた。

 性善説に立つ先生は、本来、人間は正しいことをするものだとして、不正を犯した学生を指導し、もとの正しい姿に戻そうとする。だから、不正がでてきたときには、事後処理が大変だ。

 残念ながら、私はこの立場ではない。私は性悪説だ。新制度派経済学的にいえば、学生は機会主義的に行動すると考えている。

 このような立場の人間にとって、もし不正が出た場合、われわれの試験の仕方や出題の仕方が悪かったということ、それゆえ不正がでないような制度や仕組みを変える必要があると考えるのだ。たとえば、不正がでないように、持ち込み可にするとか。

 このような立場の先生は、不正が出現した後の処理が簡単で、私の担当からすると、ありがたい。

 別の見方をすると、前者の先生方は倫理学的な人たちで、後者の人たちは経済学的なひとたちだと思う。

 みなさんは、どちらの立場ですか?

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コメント

日経からの文庫化、おめでとうございます。早速予約させていただこうと思います。今後も、健康に留意していただき、魅惑的な本を出していただきますこと、これを一読者として楽しみにしてます。

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