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2009年6月

2009年6月28日 (日)

日本経営学会関東部会での私の発言の意味

 昨日、慶応大学で関東部会があった。テーマは方法論だ。久しぶりに、方法論が議論として取り上げられ、私は個人的に楽しかった。

 また、参加者も100名を超えた。これは慶応義塾の場所の良さだけではなく、もしかしたらテーマに関心をもった人もいたはずだ。

 方法論は哲学的な議論であり、抽象的な議論である。それは、認識論の世界であり、論理学の世界でもある。こういった議論に対して、そもそもこういった抽象的な議論は経営学にはなじまないなどと暴言を吐く人がいた。

 そんな人がいるから、こういった方法論的議論が必要ななのだ。経営学を実務の単なる金儲け学問だと思っている人がいたら、もう一度大学あるいは大学院からやりなおしてほしいものだ。どんな教育を受けてきたんだ。

 実務家に対して

「こうしたら儲かるよ」

「ああしたらしたら絶対にたくさん稼げる」

「この株式とあの株式を買ったら1年後に10倍になるよ」

こんなのは、だれでもいえるのだ。

ここで、経営学者と普通の人はどこが違うのか。普通の人はそれで終わりだ。後は、予言が当たるかどうかの結果待ちだ。

経営学者、なぜこの発言が正しいのか。その発言を正当かすることにこだわるのだ。予言ではなく、予測を行うのだ。そして、どうしたら自分の発言が客観的に正しいといえるのか、その方法について研究すのがまさに昨日議論していた方法論なのだ。

だから、「方法論なんて経営学に何の意味があるのか」という質問をする人は、実際に経営をするか、経営について占いをしていればいい!大抵そういった人は、アカデミックな論文を書いたことがない人だ。

私が最後に学会で発言していたことはこういう意味なのだ。

日常生活で気になること

 日常、生活していて、最近、本当に気になるのだが、いくつか指摘しておきたい。心あたりのある人は、ぜひなおしてほしい。

(1)「電車のホームで並ぶときは二列で詰めてならべ!」

電車を待つとき、しっかり詰めて並んでほしいものだ。並ぶ場所は二列になっているが、一番めの人はしっかり前に立って並んでいるのだが、次の人がその横に並ばずに微妙に前を開けて、立って並んでいるヤツがいる。思わず、その人の前に並びたくなるのだが、それでは怒られるのではないかと思い、なんとなくその人の後ろに並んでしまう。しかし、それでもいらいらするので、電車がきた瞬間、どさくさにまぎれて、その人の前にでてやろうかと思ったりもする。こんなことを思っているのは、私だけだろうか?

(2)「線の真中に並ぶな!」

電車のホームで並ぶ場所には目印として長方形の線が引いてある。明らかに、その長さからいって二列だと思う。ときどき、その線の真ん中に並ぶ人がいる。次の人が困るのだ。右に並ぶべきか、左に並ぶべきか!こんなことに悩むのは、私だけだろうか?

(3)「傘をもつなら、武士の刀をもつようにもつな!原始人のヤリのようにもつな!」

後ろを歩く人にとって迷惑だ。危ないのだ。最近、こういった傘の持ち方をする人が多いように思う。「ここはアフリカの平原ではないぞ!」「そんな持ち方をしたいなら、アフリカへいって狩りでもしてこい!」といつもいらいらするのは、私だけだろうか?

何か、書いていて、だいだひかる、という人だったかなあ、そんな人になってしまった感じがしてきた。 

2009年6月23日 (火)

カントとドラッカー

 本日は、朝日カルチャー「経営哲学」の第3回目の講義をした。カントとドラッカーである。

 ドラッカーは実務界では、本当に有名だ。多くの人々がドラッカーを取り上げるが、ドラッカーは奥深い。彼はオーストリーのウィーン出身であることを、われわれは忘れてはならない。彼は、哲学を知っている。

 ドラッカーは彼の本自体でも魅力的なので、実務家には人気があるのだろう。しかし、カントの自由論に基づいて、ドラッカーの本を読みなおすと彼の議論はもっと深くて、面白いのだ。

 本日は、他のどこでも聞けないカント哲学によるドラッカー学説の解釈を解説して見せたつもりである。私の解釈を理解していただけただろうか。

 関心のある人は、その講義の内容を示すパワーポイントのPDFを一時的に紹介します。

2009年6月19日 (金)

バーナードとカント2009年6月9日

 最近も異常に忙しいため、ブログが書けませんでした。

 さて、先週の火曜日に、朝日カルチャーで「バーナードとカント」について話をした。バーナードについては、たくさんの研究者がおり、いまでも学会ではその解釈学が盛んだ。

 バーナード学説をめぐってたくさんの賛辞が寄せられているが、正直いって驚くような賛辞は少ない。解釈がつまらないのだ。

 はっきりいって、バーナード学説はそのまままじめに語ると、地味な内容に思える。大学で、経営学に関するいろんな学説を学生に教えるが、一番教えにくいのはバーナードだ。内容が難しいということだけでなく、華やかさがないからだ。

 そこで、私はバーナード学説を華やかに語りたいので、いつもカントをもってくるようにしている。どうやってバーナードとカントを結びつけるのか?次の点で結びつけるのだ。

バーナードの人間観

(1)すべての人間は物理的社会的生物学的諸力にしたがって行動する。

(2)すべての人間は自由意思に従って行動する。

カントの自由をめぐるアンチノミー

(1)世界は因果法則にしたがって形成されている。

(2)世界は自由意思にしたがって形成されている。

バーナード学説の面白さは人間の自由を組織に持ち込んでいる点である。組織に人間の自由を持ち込むことは危険だと思う人が多いだろう。組織を破壊し、バラバラになると思うからだ。

しかし、バーナードもカントもメンバーの自由意思なくして組織は強くならないと主張しているのである。この点が、すごいことなのだ。

それはどういうことだ。それを、朝日カルチャーで説明しているのだ。

2009年6月 8日 (月)

何かおかしいのだが

 忙しいと、運動ができない。運動しないと、太る。太ると、何か体調が悪くなる。年をとってから、こういったサイクルといつも戦っている。

 いま、太っていて体重が重いので、調子が何か悪い。そこで、時間がないのだが、最近また、夜、ランニングをそうとう無理して始めている。ランニングをすると、体調がいいかどうかわかる。調子がいいときは、体のどこも痛くないのだ。

 ところで、私は夜12時ごろから走り始める。夜は、空気が澄んで、気持ちがいいからだ。しかし、夜中に走っていると、ひとつ気になることがある。

 走っていると、夜中だが道で出くわす人がときどきいる。出くわす人は、不思議なことに、大抵、女性だ。女性の一人歩きだ。仕事帰りか、遊び帰りか、わからないが。しかも、夜中の1時過ぎだ。

 今日もそうい女性と出くわした。向こうも、走っている私を痴漢かもしれないと用心しているのだろう。そんなとき、私はとても腹が立つ。

 「こんな遅くまで何してるんだ!」

 日本は平和なんだということなのだろうが、私にはわからない。なぜこんな夜中に歩いているのか。しかも、なぜ女性が多いのか。これは、私の偏見ではない。頻度は明らかに女性が多いのだ。

 この傾向は、私の近所だけだろうか?何かおかしいのだが・・・そして、私と同じようにウエイトトレーニングとして夜中に走っているのは、男ばかりなのだ。

2009年6月 3日 (水)

いまこそヴェーバーのプロ倫を

 最近の若い人たちは、M.ヴェーバーの本を読むのだろうか?私たちの世代は、ヴェーバーといえば、社会科学方法論 価値自由原理(Prinzip der Wertfreiheit) 理念型、官僚制などなど、たくさんの言葉がでてくる。

 マックス・ヴェーバーにたくさん著作があるが、やはりいま読むべき本は、他でもなくヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』だと思う。

 この本は、簡単にいうと、プロテスタンティズムの倫理(禁欲、倹約)が人々に天職としての仕事に努力を集中させた結果、人々にお金が貯まり、それが資本主義制度を生み出したということ、しかしこの資本主義制度が確立すると、今度は逆にその資本主義制度が人間に作用し、宗教心を薄れさせ、お金儲けだけを追求する人間を作り出しはじめるだろうということ。

 現代は、この本の予言通りになっているように思える。あげくの果て、100年に一度といわれるような金融危機を生み出してしまった。それは、資本主義制度が生み出した金儲けだけに走る人々によって生み出された最大の不幸だ。

 では、いまどうすればいいのか?この本を読んでいると、その解決案が見えなくて、絶望的な感じすらしてしまう。また、昔のような宗教倫理にもどることはできないだろう。では、どうしたらいいのか。みんなで、英知を結集して考える必要がある。

 

 

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