記者の不条理
中川前大臣をめぐる騒動はいまだ終わっていない。風薬なのか、飲酒なのか。今度は、中川大臣と同行し、食事をしていた記者の行動が注目されている。
いまだ、真実はわからないが、記者は「組織の不条理」に陥っているかもしれない。
同席していた記者にとって、もし状況を説明すれば、中川氏との関係は悪化し、今後、これまでのような良好な関係を回復するにはものすごい「取引コスト」が発生するだろう。それは、無限に近いコストかもしれない。しかし、それは記者としてあるい日本国にとっては非効率的かもしれないし、正しいことではないかもしれない。
このような状況では、大抵、人間は社会的合理性を捨てて個別合理性を追求するという「組織の不条理」に陥ることになる。むずかしい問題だ。
本日、報道番組で、私ならば記者に本当のことを記事にして書くべきだというというコメンテータがいたが、何か歯切れが悪い印象を受けた。
« またも出た政治家の失態 | トップページ | 意味論と構文論 »
「2)不条理の経済学」カテゴリの記事
- 拙著『改革の不条理』に関する記事の紹介(2018.10.17)
- 働き方改革の不条理(2017.05.10)
- 人間に関する研究と不条理(2017.05.09)
- 連帯責任制度の功罪:不条理な制度(2016.10.10)
- 派閥をめぐる評価の不思議(2011.08.07)
コメント