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2008年4月

2008年4月28日 (月)

なぜ上司とはかくも理不尽な

 昨日、菊澤ゼミの1期生の海老沼君から、「R25」というフリーペーパーに拙著『なぜ上司とはかくも理不尽なものなのか』扶桑社新書が掲載されているというメールをもらった。

http://r25.jp/magazine/book_review/1032008042401.html

 お恥ずかしいことに、「R25」という雑誌の存在すら知らなかったのだが、どうも部数が多いらしい。したがって、本の売れ行きも上がるのではないか、と期待したが、こういうときに限って、アマゾンでは本が売り切れているのだ。

 拙著『組織の不条理』のときもそうだったし、『業界分析 組織の経済学』のときもそうだった。ついていない。

   なぜ上司とは、かくも理不尽なものなのか (扶桑社新書 16)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AA%E3%81%9C%E4%B8%8A%E5%8F%B8%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%8B%E3%81%8F%E3%82%82%E7%90%86%E4%B8%8D%E5%B0%BD%E3%81%AA%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%AE%E3%81%8B-%E6%89%B6%E6%A1%91%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-16-%E8%8F%8A%E6%BE%A4-%E7%A0%94%E5%AE%97/dp/4594054676/ref=sr_1_6?ie=UTF8&s=books&qid=1202316569&sr=1-6

 さて、ここ数年来、私の関心は一般のビジネスマンにあり、どうしたら彼らが関心をもつような本が啓蒙書が書けるのか、そんなことばかり、考えてきた。

 しかし、最近、もっとアカデミックな研究をしようかなあ~と思うときが多くなってきた。今年のゼミ活動のコード・ネームも「アカデミックの復権」としたが、・・・・・・これまで、シカゴスタイルを目指しているといって数式を避けてきたが、ちょっと気取って数式をつかってみようかなあ~という気分になりかけている。しかし、下界に長くいすぎて、もうもどれないかもしれないなあ~

2008年4月24日 (木)

第3の不条理

 これまで不条理現象の研究をしてきたが、今回、第3の不条理現象を見出したので、紹介したい。

(1)拙著『組織の不条理』ダイヤモンド社では、実は不条理現象が類型化されていない。新制度派経済学にもとづいて合理的不正や合理的非効率的な現象のことを不条理な現象であるとし、それがどのようにして発生するのかを説明した。

組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか

http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%84%E7%B9%94%E3%81%AE%E4%B8%8D%E6%9D%A1%E7%90%86%E2%80%95%E3%81%AA%E3%81%9C%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%99%B8%E8%BB%8D%E3%81%AE%E8%BD%8D%E3%82%92%E8%B8%8F%E3%81%BF%E3%81%A4%E3%81%A5%E3%81%91%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E8%8F%8A%E6%BE%A4-%E7%A0%94%E5%AE%97/dp/447837323X/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1202316569&sr=1-2

(2)拙著『命令違反が組織を伸ばす』光文社新書では、以下の二つの不条理現象が存在することを類型化してみた。

●第一に、「効率性」と「正当性」の不一致が生み出す不条理現象

われわれ限定合理的な人間は、正当性をすててまで効率性を合理的に追求する場合がある。このとき、合理的不正という不条理が発生する。

●第二に、全体合理性と個別合理性の不一致が生み出す不条理現象

われわれ限定合理的な人間は、全体合理性を棄てて個別合理性を追求する場合がある。この場合、合理的不正や合理的非効率という不条理が起る。

「命令違反」が組織を伸ばす (光文社新書 312)

http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E5%91%BD%E4%BB%A4%E9%81%95%E5%8F%8D%E3%80%8D%E3%81%8C%E7%B5%84%E7%B9%94%E3%82%92%E4%BC%B8%E3%81%B0%E3%81%99-%E5%85%89%E6%96%87%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-312-%E8%8F%8A%E6%BE%A4-%E7%A0%94%E5%AE%97/dp/4334034136/ref=pd_sim_b_title_1

(3)そして、今回、もうひとつ不条理のパターンがあることに気づいた。

●第三に、短期的合理性と長期的合理性の不一致が生み出す不条理現象

われわれ限定合理的人間は、長期的合理性をすてて短期的合理性を追求する場合がある。このとき、合理的非効率や合理的不正という不条理が発生することになる。

たとえば、ドイツのトップマネジメント組織は資本家代表と労働者代表から構成されている。これは共同決定法という法律があるからだ。ここで、資本家には定年はないが、労働者には定年がある。いま二つのプロジェクトがあり、ひとつは短期的に小さい利益を生み出すものとし、もう一つは長期的には非常に大きな利益をもたらすものだとする。ここで、もし労働者の意見が強いならば、不条理が発生する。つまり、短期的で小さなプロジェクトが合理的に選択されることになる。というのも、労働者代表には定年があるので、近視眼的になるのだ。これは、合理的非効率な現象それゆえ不条理現象であるといえるだろう。

 以上のように、不条理現象は原理的に上記の三つのパターンがあるようだ。今後も、別の不条理のパターンがあるかもしれないので、さらに研究を進めたいと思います。

 

2008年4月12日 (土)

「組織の不条理」と「命令違反」のその後

 拙著『組織の不条理』と『命令違反が組織を伸ばす』のその後について、お話したい。 

『組織の不条理』は、売れっ子の勝間さんにブログで2回も宣伝していただいたので、アマゾンでも売れはじめている。

 勝間さんのブログ(私のコメントを掲載していただいてます)

http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/private/2008/03/post_390b.html

 『命令違反が組織を伸ばす』も勝間さんに宣伝していただき、少しは動いています。

しかし、おそらく大した効果がないようにも思いますが、実は防衛大の図書館でも拙著を推薦してくれている点には、とても驚きました。防衛大も、懐が深くなったなあ~と感心しております。関心のある人は以下の4ページ目以降を見てください。

http://www.nda.ac.jp/obaradai/tosyokan/nadal/2202.pdf

しかし、本はそれほど売れてないのは、やはり防衛大生は買ってないのかなあ~残念。

 

さらに、立命館大の石川先生のゼミでも拙著を使用してくれるということで、驚いています。とても感謝しております。

石川ゼミのブログ

http://ibuki-seminar2.blog.so-net.ne.jp/2008-04-03

 

2008年4月 4日 (金)

リーダーに必要なもの

 M・ウェーバーはいろんな意味で天才的であるが、概念整理という点でも天才的である。

 彼の分析によると、権力と権威は異なっている。英語でいえば、パワー(power)とオーソリティ(authority)の違いだ。ドイツ語は忘れてしまったが、確か(Macht)と(Herrschaft)だったような???。(後で調べます)

 権力は、他人を力(暴力)で強制的に服従させる力であり、権威は、他人が自発的に自らの意志に基づいて服従してくるような力である。

 リーダーにとって必要なのはどちらか。

 動物のような他律的な行動をしている集団(啓蒙されていない集団、人に言われて動く人々、行動の原因が自分の外にある人々)を扱う場合には、「権力」がリーダーには必要なのだ。しかし、自由意志をもち、自律的に行動する啓蒙された集団(自由人)を扱う場合には、「権威」がリーダーには必要なのだ。

 菊澤ゼミのリーダーに必要なのはどちからか。

 当然、権威である。

 このWeberの議論がKantの議論と似ていると感じた人は、哲学的センスがあるといっていだろう。カントとウェーバーとポパーは、思想上、お友達なのだ。私もその仲間に入れてほしい。そのグループ名はもちろん「批判主義(限界主義)」だ。

 くれぐれも「批判」と「否定」を混同しないように! by 概念にうるさいウェーバーより

2008年4月 1日 (火)

吸いこまれてしまいそうなゲーム論の美しさ

 もうかなり前になってしまったのだが、3月13日に法政大学でシンポジュウムがあり、そこに経営学者として招待された。

 このシンポジュウムは、ガバナンスをめぐって、経済学者、経営学者、行政学者、政治学者がインターディシプリナリーに議論するというものだった。

http://www.hosei.ac.jp/news/shosai/news_620.html

 ここで、久し振りに他分野の研究者の話を聞いたが、やはりゲーム論の理論的というか論理的というかその美しさは際だっており、その数学的な美しさに吸いこまれそうだった。何かとても懐かしく、またハッピーな気分になった。

 もちろん、数理モデルと現実との対応関係(意味論:セマンティックス)には若干問題はあるものの、その論理展開自体(構文論:シンタックス)の美しさは非常に魅力的だ。その魅力に負けて、私もついつい経営学に応用してみたいという欲望が出てしまう。つまり、T.クーンの用語でいえば、パズル解きだ。

 しかし、この道は危険だ。いくらこの道を進んでも、頭がいい人たちが山ほどいる。この世界で勝負などとうていできるわけがないのだ。この世界の上位の人たちはほとんどが数学者に近いのだ。ゲーム論は体系がしっかりしているので、ほんの一部の人たちが学問の進歩に貢献し、その他の人々はただそれを理解し、学んでいるだけだ。それはあまりにもむなしい。それならば、どろどろしたいかがわしい経営学の世界の方がはるかに面白いのだ。

 昔、数理経済学が盛んな時に、この道をあきらめたのだ。近づいてはならない危険な道だ。私は、あくまでも現実対応志向の体系的ではない、しかもゲリラ的な研究を進めるのだ。私は、あくまでもデムゼッツやアルチャンのようなシカゴ的なスタイルでいくんだ。私は人間の完全合理性ではなく、人間の限定合理性の立場にたち、F.ナイトの意味で「リスク」ではなく、あくまでも「不確実性」を扱う研究者なのだ・・・・・

 こう自分に言い聞かせながらも、なんとなく懐かしく、何かハッピーな気分で帰宅した。

 

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