光文社新書『命令違反が組織を伸ばす』(2)
光文社新書『命令違反が組織を伸ばす』が発売されて、約1週間が経つ。出版社から、出だし好調とのメールを頂いた。
私が住んでいる横浜市の小さな街の本屋「ともえ書房」にも、私の本が1冊入っていることを娘が見つけ、驚いた。こんな小さな本屋にもおいてあるんだなと感心してしまった。
さて、今回同時に発売された中尾先生の新書『失敗は予測できる』はそうとう売れそうだ。前回、私がダイヤモンド社から『組織の不条理』を出版したとき、ほぼ同時に畑村先生の『失敗学のすすめ』がでて、ブレイクした。今回も、私の「不条理学」は、「失敗学」に押しつぶされそうだ。
私が新書で語りたかったのは、「人間の失敗は、人間の無知や不注意によるものよりも、むしろそうなることが分かっていても起こってしまう失敗だ」ということだ。つまり、「人間は合理的に失敗するのだ」。これを、私は不条理と呼んでいる。
このような不条理は、組織内では二種類ある。
(1)効率性と正当性が一致しないことが生み出す不条理
上司・上官から非効率的な命令がなされたとき、部下はその非効率的命令に従うことが組織にとって正当な組織行動となる。しかし、それは非効率的な行動を実行することになるので、そのような組織は自滅することになる。
(2)社会性と個別性の不一致が生み出す不条理
上司・上官から反社会的命令がなされたとき、部下はその反社会的命令に従うことが個別組織的な行動となる。しかし、その行動は反社会的なので、その組織は社会によって淘汰される。
以上のような不条理を回避する最終的な方法は命令違反なのだ。
以上のことを、太平洋戦争の日本軍を事例として説明しているのが、拙著『命令違反は組織を伸ばす』なのだ。命令違反には、悪い命令違反と良い命令違反があるのだ。組織が進化し、進化する組織のメンバーに与えられるべき良い命令違反のための条件は何か。それを本書で明らかにした。
もし軍隊ものではなく、現代企業版について知りたいなら、8月31日に発売される扶桑社新書『なぜ上司は、かくも理不尽なのか』を読んでいただきたい。こちらの方が内容が非常に読みやすくなっています。
4チャンネルの日本テレビに昔から有名な『私は貝になりたい』という番組が放映されるようだが、拙著『命令違反が組織を伸ばす』の内容と重なることが多いので、機会があれば、見ていただきたい。
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(日本テレビの特別版はリニューアルされ、本来の内容とはかなり異なるようだ)
http://www.ntv.co.jp/watakai/02_outline/index.html
第二次世界大戦中、高知県で理髪店を営む清水豊松が突然、軍隊に召集されるところから物語は始まる。豊松は気は弱いが平凡な人柄。豊松は新兵の訓練で上官に命令されてアメリカ兵捕虜を銃剣で殺害しようとするが、気後れして怪我を負わせただけにとどまる。
終戦後、理髪店に戻って、いつも通りに仕事をこなしていた豊松だが、捕虜虐待の罪で戦犯として特殊警察に逮捕される。極東国際軍事裁判(横浜裁判)で被告席に立った豊松は「日本の軍隊では上官の命令に逆らえば命はないんだ」と主張する。
しかし、「拒否しなかった事は殺す意思があったという証拠だ」というアメリカ流の論理に跳ね返され、豊松に死刑判決が言い渡される。死刑執行の宣告を受けた哲太郎は、妻と子供に宛てて遺書を書き始める。
「せめて生まれ代わることが出来るのなら……
いゝえ、お父さんは生れ代わっても、もう人間になんかなりたくありません。
人間なんて厭だ。牛か馬の方がいゝ。
……いや牛や馬ならまた人間にひどい目にあわされる。
どうしても生まれ代わらなければならないのなら……いっそ深い海の底の貝にでも……
そうだ、貝がいゝ
貝だったら、深い海の底の岩にへばりついているから、何の心配もありません。
兵隊にとられることもない。戦争もない。
房江や、健一のことを心配することもない。
どうしても生まれ代わらなければならないのなら、私は貝になりたい……」
書き終えた後、処刑台に上がって処刑される。
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●アマゾン『命令違反は組織を伸ばす』
本来の『私は貝になりたい』のあらすじ byWikipedia
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大変興味深く読ませていただきました。戦争ものはあまり読んだことがなかったので、行動経済学だけでなく戦時中のことも勉強になりました。
『私は貝になりたい』も視聴しました。「お国の為にやりました」、ということが「やった事を認めるんだな」ということになってしまう不条理。
先生はその不条理に対する最終解決案を「命令違反」に求められますが、先生も認められる様に「命令違反」は過酷な行為と思われます。
公益通報者保護法による内部通報制度の整備や独占禁止法によるリーニエンシー制度の導入など「命令違反」とは違った解決策を先生はどの様に考えられるかもお伺いしたいと思いました。
投稿: fuji | 2007年8月25日 (土) 午前 12時48分
Fuji様
菊澤です。
拙著を読んでいただき、そしてコメントを頂き、ありがとうございます。感謝しております。
「公益通報者保護法による内部通報制度の整備や独占禁止法によるリーニエンシー制度の導入など「命令違反」とは違った解決策を先生はどの様に考えられるか」
大変興味深いご質問です。
組織にとって、これらの制度も有効であり、必要であるかもしれません。しかし、私の安易な印象ですが、これらの制度を利用するような人たちは何か自分が所属している「組織」を棄てた人たちのような気がするのです。
これに対して、私が言いたい良き命令違反は組織メンバーが組織を棄てず、むしろ組織のために展開されるような行動を意味しています。
確かに、組織人として命令違反は過酷だと思います。しかし、今回の本では、現代企業の命令違反の事例をいれませんでしたが、VHSを発明に導いたビクターの事業部長高野の行動は命令違反でしたし、また青色ダイオードを発明した中村氏も命令違反の常習犯でした。
彼らは所属する組織を棄てていませんでした。むしろ、組織のために、行動したと思いますし、組織もまた彼らの命令違反を許容した点は重要だと思います。
投稿: 菊澤 | 2007年8月25日 (土) 午前 08時33分
ご解説ありがとうございます。
扶桑社新書『なぜ上司は、かくも理不尽なのか』も必読ってことですね。
ただ、「これらの制度を利用するような人たちは何か自分が所属している「組織」を棄てた人たち」と後ろ向きに捉えるのには手放しには賛同できません。何故なら最近の企業や官庁の不祥事が明るみにでたのは「内部告発」によるものが多いからです。内部告発は正に「社会性と個別性の不一致が生み出す不条理」に対するものではないでしょうか?
私の組織や社会に対する視点がずれているのかもしれません。いずれにしても先生の今後の著作を勉強させて頂きたいと思います。
投稿: fuji | 2007年8月25日 (土) 午後 11時47分
菊澤です。
コメントありがとうございます。
内部告発については、私が「命令違反」で展開した議論に従えば、内部告発しなかったとき得られる予定だった期待価値を、内部告発によってカバーできるほどの価値を生み出す場合、その内部告発は良い命令違反になります。
もう一点、私が「内部告発制度を利用するような人たちは何か自分が所属している「組織」を棄てた人たち」という意味はこうです。
いま、(1)組織内の個人、(2)組織全体、(3)社会全体という三つのことについて考えてみましょう。(2)の組織全体が不正を犯している場合、(1)の個人が内部告発することによって、(3)の社会全体の利益を一致させるのですが、それは(1)の個人が(2)の組織を棄てること、組織自体をつぶすことになるのではないかということです。そして、これが本当に個人的利益と社会全体の利益の一致になるのかどうか。
私はできれば、(1)の命令違反によって、(1)と(2)と(3)の利益がすべて一致するようなことを考えています。この点は、もう少し深い分析が必要かもしれませんね。
投稿: 菊澤 | 2007年8月26日 (日) 午前 01時47分
内部告発により会社は潰れて社員は無職になるようではダメなんですね。
先生が記事をその(4)までを更新させている本書の売れ行きが、組織の命令違反の許容度のバロメーターかもしれませんね。
投稿: fuji | 2007年8月26日 (日) 午後 03時03分