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2007年4月 7日 (土)

新制度派経済学は経済学か、経営学かNo5

 菊澤ゼミ2期生の入ゼミ試験が終わった。今年は、大変、優秀な学生を選抜することができて、良かったと、(いまのところ)思っている。

 4グループに分けて、今年もゼミを進めて行く予定であるが、今年は私が恣意的にグループを決めてしまおうかとたくらんでみた。地域別に分けるか。英語が得意なグループや数学が得意なグループに分けるか。血液型というのもおもしろいかもしれない・・昔、日本軍がやったように・・・・・・

 いろいろと考えてみたが、結局、どうでもよくなった。それは考えにつかれたからではなく、志願書をみていたら、結局、それほど大きな差が無いのではないかという結論になったからである。そういう意味で、良いメンバーが集まったように思える。

 ところで、ここからは真面目な話になるが、この入ゼミをめぐって、このような質問を1期生から受けた。

「菊澤ゼミでは、新制度派経済学を学ぶのだが、これは経営学ではなくて、経済学ではないか?という質問を2年生から受けるのですが、どうしたらいいのでしょうか?」

 実は、この同じことを、私自身が体験しているのだ。つまり、私のことを経営学者ではなく、経済学者だと思っている人がいるのだ。

 私自身は、自分のことを経済学者ではなく、経営学者だと思って研究してきたし、いまでもそう思っている。では、経済学と経営学はどこが違うのか。とくに、ミクロ経済学と経営学はどこが違うのか。

 私の答えは簡単だ。

●経済学、とくにミクロ経済学は均衡論なのだ。パレート均衡、ナッシュ均衡にもとづいて議論や研究を展開して行くのが経済学なのだ。

●これに対して、経営学は非均衡論なのだ。経営学には、パレート均衡やナッシュ均衡は関係ないのだ。より良いとかベターといった観点から選択行動を捕らえて、議論を展開するある意味で非常に大雑把な学問なのだ。

 経営学は、ある意味で、自分だけが儲かればいいという学問だ。特定の企業だけが儲かればいいのだ。だから、経済学的に社会的効率性の観点から、企業は「・・・・すべきだ」ということいわれても困るのだ。何で個別企業が経済全体のことを考えなければならないのか?何で社会的効率性のために、自らの利益追求行動を抑止する必要があるのか?そういった疑問がでるのだ。

 たとえば、社会的効率性の観点からすると、企業は株主だけではなく、債権者による厳しいコーポレート・ガバナンスのもとに置かれる必要があるという経済学的な結論がでるとしよう。このことは、企業が自己資本だけではなく、負債つまり借金をしろということだが、なぜ企業が社会的効率性のために、借金をする必要があるのか?という疑問がでる学問なのだ。

 経営学的な観点からすると、その企業の個別利益追求活動にとって必要なければ、借金をしてあえて債権者による統治を受ける必要はないという見解になるのだ。

●そして、まさにこの点で、経営学と経済学と決定的に異なっているのだ

 では、このような観点からすると、新制度派経済学はどのようになるのか。これが、いがいと厄介で複雑な問題だ。

(1)ウリアムソンの取引コスト理論は、明らかに非均衡論で、しかも無限で連続的ではなく、有限で離散的な選択肢の中から、ベターなものを選択するという点で、明らかに経営学的なのだ。だから、この分野に経済学者はあまり入ってこない。

(2)エージェンシー理論は複雑で、規範的エージェンシー理論は明らかに均衡論なので、経済学であり、それゆえこの分野に多くの経済学者が参加している。しかし、実証的エージェンシー理論は微妙で、一部、非均衡論的でもある。私はこの分野を研究しているので、経営学だと思っている。しかし、部分均衡論的な側面はある。

(3)所有権理論は、基本的には均衡論であるが、一部、非均衡論的な議論もあり、どちらともいえない研究分野である。ただし、オリバー・ハートの所有権理論はナッシュ交渉解にもとづき、均衡論に近い議論を展開しているので、経済学的といえる。だから、多くの経済学者はこの分野に関心を持っている。

 以上を総合すると、新制度派経済学の位置は微妙なのだが、新制度派経済学の象徴は取引コスト理論であり、その点を考慮にいれると、やはり経営学だといえるのではないかと。(しかし、厳密にいうと、コースの取引コスト理論はウイリアムソンと異なり、均衡論的な側面をもっているので、経済学的ともいえる。)

 いま、書いてみて、自分が思っていたほど、自分の立場がすっきりしていないことがわかった。みなさんの考えはどうでしょうか。やはり、私は経済学者なのだろうか。

正直にいって、私は普通の経営学がつまらない。

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コメント

新制度派経済学でも理論ごとに、
経営学的特色に差があるというのは、
なんとなく感じておりましたが、文章で読んでとてもすっきりしました。

そういえば、伊藤秀史先生も同じように経済学者に
みられると嘆いているのをみた記憶があります。
http://obata.misc.hit-u.ac.jp/~itoh/takara2.html

私自身はゼミで一年間この分野を学んで、
経営学と経済学のどちらかだけを学んでいたら味わえない面白さを感じました。

Krepsが「ファイナンス (金融・財務) は実質的にはミクロ経済学に完全に支配されている」などといったように、
経済学的考え方の有用性を三田で感じることは多いですが、
既存の日本の学問ではなかなか広まっていない分野もあるかと思います。(会計など)
あと数年、数十年後にはそのような分野でも、
オーソドックスになっていたりするのでしょうか・・・

 非常にアブストラクトな捉え方かもしれませんが、私は先生の研究会に顔を出させていただいて、新制度派経済学(という呼称よりも、組織経済学という呼称のほうが個人的には好きですが、それはさておき)は、経済学の経営学的応用、もしくは経済学的アプローチによる経営学であると考えております(答えになっていないかもしれませんが…)。つまり、新制度派経済学は経営学である、ということになります。

 経営学の別の領域でのアナロジーでちょっと考えて見ますと、HRMやOB(Organizational Behavior)の領域では心理学によるアプローチの研究が多くあります。それらは、時として産業心理学なり、経営心理学なんて呼称で大学のカリキュラムとして展開されておりますが、これらは心理学の経営学的応用、もしくは心理学的アプローチによる経営学であるいえると思います。

 経営学自体に「これだ!」という研究アプローチの仕方がない(と思うのですが)以上、社会科学なり自然科学なり経営学の隣接諸分野のアプローチを援用して経営学の研究対象となる企業や組織を研究することが経営学になると思うのですが。

 その延長線上に、新制度派経済学という1つのアプローチがあるのではないのでしょうか?

菊澤です。
川村君へ
 新制度派経済学や組織の経済学によって、これまで「組織」、「人事管理」、「ファイナンス」、「法律」が分析されてきました。

 現在、「会計」分野は「時価主義会計」との関係で、「ファイナンス」と関係せざるをえなくなっています。

 したがって、日本でも「会計」分野もまた新制度派経済学や組織の経済学によって分析されるような研究がでてくるのは時間の問題だと思います。すでに数名の先生はいますが。以下の論文集などもそれに近かったとおもいます。本屋で立ち読みを・・・

http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%9F%E8%A8%BC%E4%BC%9A%E8%A8%88%E5%AD%A6-%E7%9F%B3%E5%A1%9A-%E5%8D%9A%E5%8F%B8/dp/4502267600/ref=sr_1_1/250-8250760-0785039?ie=UTF8&s=books&qid=1176159112&sr=1-1

佐々木さんへ
●観点、理論という点でいいますと、経済学のようなしっかりとした均衡理論は、経営学にはありません。この点がまさに、経済学と経営学の違いで、経営学にあるのは「役に立つ」という観点や「儲かる」「つぶれない」という観点だけがあるのだと思います。そして、この観点から、必要とあれば、「心理学」をもちだしたり、「経済学」をもちだしたり、「工学」をもちだしたり、しているのだと思います。つまり、経営学には固有の理論はないということだと思います。

●そうしますと、観点や理論によって経営学の固有性を決めれないならば、経営学を特徴づけるのはその研究対象だということになり、そしてそれは個別企業現象だということになります。しかし、これだと弱いのです。なぜならば、経済学も社会学も他の学問も個別企業現象を研究対象とする場合もあるからです。

●以上のような理由で、いまから100年ぐらい前に経営学は誕生しましたが、その間、ずっと経営学は「お前は何者だ」「経営学は必要か」「下品な金儲け学問」といわれつづけています。

以上のような研究は「方法論」と呼ばれる分野ですが、
いつかどかで、経営学をめぐる方法論的議論を復活させたいものです。

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