慶応大学菊澤ゼミナールHP

私の趣味

私の著書

新制度派経済学と限定合理アプローチの本

経営哲学学会HP

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月

2007年3月24日 (土)

科学から宗教へ

 昔、マンハッタンにあるニューヨーク大学スターン経営大学院に留学していたとき、毎週、たくさんの英語論文を読まされた。

 私は、オブザーバーとして博士課程の授業に参加していたが、人数が少ないので、君も参加しろということになり、英語論文を読まされるハメになった。日本の大学と同じように、毎週、レジメを作って、内容を説明しろということだ。

 人間というのは、不思議なもので、毎週、いろんな英語論文を読んでいると、何か英語論文の文章には文法とは異なる規則があることに気づいてくるものだ。そして、それをノートにまとめたくなるという衝動に駆られた。(もうひとつ、授業でどこで手抜きをすればいいかに関する法則もすぐに見つけた)

 この話をすると、私のことを「学者だなあ」といった人がいた。しかし、それは偏見だ。この意味では、おそらくみんな学者で、日々、法則や規則を必死に見出そうとしているはずだ。

 電車通勤や電車通学している人はみんな学者で、科学者だ。

 どの位置に立てば座れる確率が高いか。どこの駅で、人が多く降り、そして座れる確率が高いのか。自分の前に座っている人がどんな動作をしたら、その人が次の駅に降りるのか。微妙な動きに集中する。電車の中は社会科学的な実験の場で満ちている。

 私の場合、京浜東北線で横浜の方から田町までが研究対象となる。偉そうで良い服を着た高年齢の人が座っている前には立たないようにしている。「きっと有楽町か東京か本社の多いところに行く可能性が高い」と考えるからだ。

しかし、法則は反証されるものだ。「クソ!!蒲田で降りてしまったか」

 「少し若く、何か作業服を着ている人は大森か、蒲田に降りるだろう」と予想して、その人たちの前に立つ。

しかし、これも反証された。「なかなか降りない。そうか、京浜東北線は上野や埼玉まで続いていることを忘れていた。」

 電車の中で、いろんな法則を作り出し、それにもとづいていろんな推測をして、観察する。そして、法則を進化させてゆく。まさに科学的なプロセスだ。

 しかし、もう一つわかってきたことは、このような実験を日々行っていると、はずれると疲れが二倍になってかえってくることも分かってきた。

 そこで、最近は、そのような予測はしないことが一番コストが安く経済的なのではないかと思ってきた。

 そうだ、「無の境地だ」、「煩悩をもつと疲れて、コストが高いのだ」、「仏陀の涅槃の境地」、「ニルバーナ・・・」・・・・・・・・・・

 こうして、私は、いつの間にか、科学者から宗教家になっていたのだ。

いかん、いかん。私は社会科学者なのだ。

いかん、いかん。私は宗教家ではないのだ。

いま、このフレーズを書いていたら、なぜか。三好達治の詩を思い出した。

太郎をねむらせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

二郎をねむらせ、二郎の屋根に雪ふりつむ。

もちろん、私は文学者ではない。

 

2007年3月18日 (日)

経済学的人生観と経営学的人生観

 年をとると、気になるのが、健康だ。もう少し正確にいうと、気になるのが、健康診断だ。私は、血圧が少し高いので、血圧の測定がもっとも苦手だ。

 明日、健康診断に行くのだが、最悪なことに、この一週間、体調を壊し、最悪の状態だ。この日の診断のために、これまで、日々、運動をし、体重もコントロールしていたが、すべて水の泡だ。ついてない。

 そういえば、同じことが、先週もあった。PHPの社長にお会いすることになっていたので、前から楽しみにしていた。数日前から、少しノドの調子が悪く、ノドに注意して注意して生活していたが、ちょうどその日に声が枯れ、出なくなってしまった。ついていない。

 帰り際に、社長に「菊澤さんは独身なの?」といわれ、そのジョークに対して、粋に「ありがとうございます」と答えることもできず、そのまま「見かけ以上に、そうとう年をとっています」と枯れた声でやっと答えた自分に対して、自己嫌悪に陥った。

 前にも、ブログで書いたが、私の人生観は経済学的な均衡論ではない。やはり経営学的な非均衡論なのだ。

経済学的な人生観は均衡論なので、ついてないことや悪いことがあると、かならず次に良いことがあるという考えだ。

経営学的な人生観は非均衡論なので、ついてないことや悪いことがあると、また続くのではないか(逆にいうと、良いことがると、また良いこともあるのでは)と考える人生観だ。

私の友人の国語学者は前者の人生観なのだが、私はいまだに後者の人生観だ。みなさんは、どうだろうか。

 

 

2007年3月 7日 (水)

拙著が立ち読み可能に

 1月、2月は本当にかつ恐ろしく忙しく、ほとんどブログを書くことができなかった。

3月5日以後、やっと時間がとれるようになり、これから「好きなことをやるぞ!」と意気込んでいる。「好きなこととは何だ」というと、以下のことを日課とすることだ。しかし、これはあくまで願望だ。

(1)1日100回以上腹筋をして、年にもかかわらず美しい肉体を作ってみたい。

(2)1日1回簡単な短い英文を暗唱して、年にもかかわらず美しい英語の発音をしてみたい。

(3)1日1回3キロぐらい走って、体重を減らし、美しい体格を形成したい。

「学者のやることとは、思えないなあ~」と思われるかもしれない。しかし、その認識は甘い。すべてが学問に通じているのだ。これがプロというものだ。

腹筋をしてお腹の肉をなくし、走って体力をつけると、イスに座って長時間勉強がしやすいのだ。私の言っていることを、きっとお腹が出ている研究者はきっと分かるはずだ。ここ数ヶ月大変、ストレスの高い仕事をしてきたので、私の体はブクブクだ。研究向けになっていないのだ。

さて、マエフリが長くなったが、今回のブログの主題はこれではない。

 先日、中央経済社から、昨年、出版した『業界分析 組織の経済学』(中央経済社)がネットを通して13ページぐらい立ち読みができるようになったとの連絡を受けたので、それを紹介したい。

 最初の文章は力を入れて書いたので、関心のある方は、ぜひ以下で立ち読みしてみてください。(立ち読みなので、お腹に肉があるひとでも、立って読めます。)

  菊澤研宗編著『業界分析 組織の経済学』2006年 中央経済社

4502657301_1

以下クリックして、立ち読みできます。

http://shop2.genesis-ec.com/search/item.asp?shopcd=17262&item=4-502-65730-1

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30