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2006年4月25日 (火)

不条理のケース・スタディ 雪印・三菱自動車 NO2

以下の小論は、「学者が斬る 雪印・三菱自動車で発生した組織の不条理」「週間エコノミスト」 2001年2月13日 58-61頁の草稿文です。

      雪印・三菱自動車で発生した「組織の不条理」
                 中央大学大学院国際会計研究科教授 菊澤研宗
 1.雪印・三菱自動車事件は非合理な現象か
 2000年、夏、雪印は、食中毒発生後、短期間に組織的隠ぺいを行い、被害を拡大させた。同じ夏、三菱自動車は長期間にわたって組織的隠ぺいを行い、事故を発生させていたことが明らかになった。これら二つの伝統ある企業の行動は特殊なケースとして取り上げられ、マスコミから全く無責任で非合理な行動として非難された。
 しかし、これらの事件は、二つの企業に固有の特殊な事件だったのだろうか。これら二つの企業は本当に非合理だったのだろうか。ひょっとしたら、別の企業でも、十分起こりえた現象ではなかったのか。
 これから説明したいのは、これら二つの事件が非日常的で非合理的な現象ではなく、実は日常的に発生する合理的な現象であるということである。もしそうだとすれば、われわれはこのような不条理な現象からいかにして脱出できるのだろうか。以下、拙著『組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか―』(ダイヤモンド社)で展開した最新の組織の経済学理論の光に照らして、これら二つの経済事件を分析してみたい。 

 2.雪印事件と三菱自動車事件のあらまし
 さて、雪印事件が発生したのは、2000年6月末である。和歌山県の消費者から、雪印低脂肪乳を飲んで、3人の子供が食中毒症状を起こしたという苦情電話が雪印に入った。翌日、大阪市が雪印大阪工場へ立ち入り検査を行い、雪印西日本支社が記者会見を行って、食中毒事件が発覚した。
 事件が発覚した時点で、すでに発症者は200人を越えていた。その後、被害者は増加し、一挙に3700人へと拡大した。雪印によると、原因は大阪工場の低脂肪乳工程のバルブに黄色ブドウ球菌が発生していたことにあるとし、大阪市が工場を無期延期の営業禁止にした。こうして、事態はいったん収束するかに思えた。
 しかし、その後も雪印の別の製品にも問題があることが判明し、しかも大阪工場だけではなく、別の工場でも問題があることが明らかになった。さらに、大阪工場のバルブからは、実は黄色ブドウ球菌だけでなくセレウス菌も検出されていたことも後で明らかになった。
 こうして、事件発覚後、雪印が公表してきた一連の事実がいずれも不正確であり、しかも立ち入り調査の際に組織的に嘘の報告と情報を流し続けていたことが明らかになった。こうした雪印の対応の遅れと組織的隠ぺいのために、被害者は1万人以上に膨れ上がり、過去最大級の食中毒事件となったのである。
 同様に、2000年7月末に、三菱自動車事件が発覚した。7月上旬に、匿名情報を機に運輸省が三菱自動車に特別監査を行って、長年にわたる三菱自動車のクレーム隠し・リコール隠しが明らかになった。隠していた情報は、98年4月以降だけでも6万5000件にのぼる。
 三菱自動車は、1977年以来、運輸省の定期検査に対して、ユーザーからのクレームの書類を意図的に隠し続けてきた。クレーム情報は、「秘匿」「保留」を意味する「H」マークを付けて秘密扱いとし、運輸省の定期検査の際、その書類を社内のロッカーに大量に隠していたのである。また、リコール隠しについても、1969年から30年以上にわたって恒常的に実施されてきた。三菱自動車は、ユーザーから寄せられた欠陥車情報を運輸省に届けずに、内密に車を修理してきたのである。
 このような長年にわたる隠ぺいは、リコール制度導入以来なされてきたので、現在の部長だけではなく、部長から昇進した歴代の役員も薄々知っていたとされる。この組織的な隠ペイによって、人身事故を含むいくつかの事故が起きたといわれており、社会に対して大きな不安を与える大事件となった。
 以上、いずれの事件も、事実を早急に正直に公表し合理的に対応していれば、問題は拡大しなかった事件である。しかし、このことを理解できないほど、雪印や三菱自動車の社員は非合理で非倫理的な人間集団だったのだろうか。伝統ある二つの企業には、多くの有能な人材が存在したはずである。それにもかかわらず、この日本を代表する企業は、なぜこのような非合理で非倫理的な行動をとり続けたのであろうか。

 3.なぜ組織は後もどりできないのか―組織の不条理を説明する理論―
 さて、伝統的な新古典派ミクロ経済学によると、すべての人間は完全合理的と仮定され、企業が競争的に生産効率性を追求し、生産販売することによって資源は効率的に利用されることになる。このような世界では、常に効率性と正当性と合理性は一致する。
 しかし、組織の経済学と呼ばれている取引コスト理論によると、すべての人間は限定合理的であり、そのために人々は相手の不備につけ込んで自己利害を追求するものとされる。それゆえ、取引を行う場合、相互に駆け引きが展開され、取引上の無駄、つまり取引コストが発生する。この取引コストのために、企業は不正な行動から正当な行動へと合理的に修正できなくなる。何よりも、不正で非効率な行動にとどまることが合理的になるといった不条理に陥ることになる。
 たとえば、いま、ある企業経営者が無知なためにいくぶん不正な戦略を選択したとしよう。経営者はこの戦略を進めるために、多額の投資を行い、活動し始めたとする。事業が順調に進む中、経営者は不正に気づき、しかもそれが漏れたとする。この場合、明らかに不正を公表し、いったん後もどりして、新たに正当な戦略のもとに出直した方が倫理的である。しかし、企業は不正を公表し、後もどりできるだろうか。
 取引コストが発生する世界では、経営者は不正を公表し、後もどりするには、多大な取引コストが発生する。もし不正を公表すれば、取引関係が解消され、これまで投資してきた資金は回収できない埋没コストになる。このコストを負担し、正当な戦略のもとに事業を再開するためには、さらに様々な取引上の嫌がらせや駆け引きを経験することになるだろう。そのために、多大な取引コストが発生し、このコストのために事業再開は絶望的となるかもしれない。これに対して、もし漏れた不正を企業全体で何とか隠し、既存の戦略を維持できれば、これら莫大なコストは発生しない。隠し通せる可能性も、ゼロではない。
 この場合、企業にとって、既存の戦略をめぐる不正を公表し、新しい正当な戦略へ移行するよりは、不正が広まらないように隠ぺい工作を駆使した方が合理的となる。こうして、企業は後もどりすることなく、合理的に不正を重ねて行くという不条理に導かれるのである。これが、取引コスト理論の考えである。

 4.後もどりできなかった雪印と三菱自動車の合理性 
 このような観点から、改めて雪印と三菱自動車のケースをみてみよう。まず、雪印では、中毒被害が拡大する前に、一部の社員は既存の生産システムに重大な問題があることに気づいていた。しかし、雪印はすべてを公表し、リセットできない状況にあった。すべてを公表した場合、あまりにも膨大なコストが発生する状況に置かれていたのである。
 とくに、雪印のような食品会社では、事実を正直に公表すれば、即座に取引関係は解消され、これまで投資してきた巨額の資金が回収できない埋没コストになる。そして何よりも、これまで築き上げた伝統と信頼がもたらしたベネフィットも失うことになる。しかも、これらコストを負担し、新しい生産システムのもとに再び良好な信頼ある取引関係を回復するためには、膨大な取引コストが発生する状況にあった。つまり、事実を公表すれば、一から出直すのではなく、マイナスからはじまるような状況に置かれていたのである。もしかして生産再開は絶望的となるかもしれない。これに対して、もし事実を隠し、現状を維持できれば、これらのコストはすべて回避できる。しかも、隠し通せる可能性もゼロではない。
 こうした状況に置かれたために、雪印は後もどりできなくなったのである。つまり、事実を公表し、後もどりするよりは、事実が広まらないように隠ぺい工作を駆使し、このまま不正に生産を再開した方がはるかに合理的となる状況に陥ったのである。
 同様に、三菱自動車でも、顧客のクレームから社員は自動車に欠陥があることを早い時期から気づいていた。しかし、三菱自動車もまた事実を公表し、リセットできない状況にあった。つまり、リセットするには、あまりにも膨大な取引コストが発生する状況に置かれていたのである。
 たとえば、三菱自動車が事実を公表すれば、これまで築きあげてきた多くの良好な取引関係を喪失し、投資してきた資金は回収できない埋没コストになる可能性があった。事実、この事件発覚後、防衛庁と郵政省等との良好な取引関係を喪失し、膨大な埋没コストを生み出した。また、事実を公表すれば、再建をかけて、外国企業と良好な関係を形成する必要のあった三菱自動車にとって、この関係に特殊な投資も埋没コストになる可能性があった。したがって、もし事実を公表すれば、これらのコストを負担し、新しい戦略のもとに生産を再開し、信頼ある取引関係を回復するには、膨大な取引コストが発生する可能性があった。これに対して、もし事実を組織的に隠ぺいし、不正に生産を続けることができれば、これらの膨大なコストは発生しない。しかも、隠ぺいできる可能性もゼロではない。事実、これまで隠ぺいしてこれたのである。
 こうした状況におかれたために、三菱自動車はリセットできなくなったのである。つまり、事実を公表し、後もどりするよりは、現状を維持し、事実が漏れないように、不正に生産を続けた方が合理的だったのである

 5.いかにして組織は不条理を克服できるか―閉ざされた組織から開かれた組織へ―
 以上のように、雪印も三菱自動車も実は非合理ではなく、取引コストの存在のために、後もどりできず、合理的に事実を隠ぺいせざるをえない状況に陥ったのである。それは、非合理ではなく、合理的な不正という不条理な現象なのである。しかも、このような不条理な現象は特殊な現象ではなく、条件さえ整えばどこでも発生する現象なのである。しかし、なぜ雪印も三菱自動車もこのような後もどりできない状況に陥ってしまったのか。それは、両企業とも内部で批判的議論を拒絶する「閉ざされた組織」だったからである。
 閉ざされた組織では、各メンバーがあたかも完全合理的であるかのように振る舞うので、批判的議論は展開されない。与えられた戦略は無批判に受け入れられ、正当化され、たとえ不正や非効率が発生していても、見て見ぬふりをする。
 しかし、やがて不正や非効率は組織にとって無視できないほど大きくなる。不正は漏れるかもしれない。このとき、不正や非効率を排除するために、不正を公表し、新しい戦略のもとに出直そうとしても、組織はもはや変化できない。というのも、変化するにはあまりにもコストが高いからである。
 それゆえ、組織は現状の戦略を維持し、不正を隠し続け、非効率を放置しておく方が合理的となる。こうして、閉ざされた組織は不正と非効率を排除できないまま、不条理に陥り、やがて淘汰されて行く。
 このような組織であったために、雪印は事前に参天製薬の目薬のようにすぐに回収した事例があったにもかかわず、その事例から学ぶことができなかったのである。また、三菱自動車も事前にダイハツ工業のリコール届け出の遅れや富士重工のリコール隠し問題などが先行例としてあったにもかかわらず、学べなかったのである。
 これに対して、内部で批判的議論を認める組織では、メンバーは自らが限定合理的であり、無知であることを自覚しており、どんな戦略も決して完全ではないことを知っている。与えられた戦略には権威があり、その権威に抵抗できないかもしれない。しかし、それが不完全な人間が考案した戦略であるかぎり、一度は問うことが人間としての責務なのである。
 そして、もし戦略に問題がなければ、他でもなく自らの責任においてその戦略に従う。もしそこに不正や非効率がみいだされれば、様々な新しい戦略が提出される。どの戦略が選択されるかは、発生するコストよりもえられるメリットが大きいという条件を充たすかどうかにかかっている。 こうして選択された新しい戦略は、メンバー各自の責任をもって遂行される。必要とあれば、いつでもその戦略は批判的に議論される。そして、再び不正や非効率がみいだされるならば、様々な戦略が提案される。
 こうして、組織は絶えず非効率や不正を排除しながら進化して行くので、不条理に陥ることはない。このような組織には、「強制」という概念は成り立たない。それは自由人からなる組織であり、絶えず未来に向かって進化する「開かれた組織」なのである。
 幸い、今回の事件によって、雪印も三菱自動車も致命的な状態に陥っていない。むしろ、今回の事件から、二つの企業は勇気をもって批判的議論を進めれば、大いなる企業進化の機会をえたことになるだろう。

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