不条理なコンピュータ NO4

太平洋戦争の中でも最悪の戦いといわれているガダルカナル戦で日本陸軍は近代兵器を具備した米軍に向かって3回にわたって白兵突撃を繰り返し、壊滅した。日本軍は、日露戦争以来、銃の先に剣を付けて敵に体当たりする肉弾突撃を得意としていたのである。今日、この日本陸軍の行動は無知で馬鹿げていたと酷評されている。しかし、この同じ馬鹿げたことが現代企業でも起こってはいないだろうか。実は、よく似たことが本誌連載の「不条理なコンピュータ」で紹介された事例に見いだせる。いずれも無知で非合理なために起こったように思えるが、実は合理的に失敗するという不条理に陥ったのである。以下、旧日本陸軍の事例と比較しつつ現代企業に宿る病「不条理」について議論してみたい。
1 日本陸軍にみる不条理な行動
さて、ガダルカナル島は、オーストラリア近海の孤島であり、太平洋戦争初期に日本海軍が占領し、当時、飛行場建設を進めていた。米軍は、この島が日本本土攻撃にとって重要だと認識し、2万人の兵士を動員し、一挙に占領した。この米軍上陸を知った日本陸海軍は、島奪回のため、逆上陸し、ここに日米最初の地上戦が始まった。
当時、大本営は米軍を過少評価し、一木清直大佐率いる部隊にガダルカナル島奪回を命じ、先遣隊として916名を島に上陸させた。米軍は、現地住民から日本軍上陸の情報をえており、塹壕を掘って待ち伏せしていた。このことも知らず、一木支隊は昭和17年8月21日未明に突撃した。日本軍は敵に気づかれないように、銃を撃たないで、銃剣突撃した。これに対し、米軍は、機関銃、自動小銃、戦車などのあらゆる近代兵器と圧倒的多数の兵力のもとに、日本兵を迎え撃った。夜が明けると、河口と海岸は日本兵の死体で埋まっていた。これが、1回目の白兵突撃の結果であった。
この結果を受け、大本営は今度は川口清健少将のもと4千名からなる川口支隊を形成し、ガダルカナル島へ上陸させた。川口支隊は、一木支隊と同じ失敗を避け、別のルートを通って米軍が守る飛行場の背後にある高地へと行軍した。そして、昭和17年9月13日、夜、突撃した。戦術は再び白兵突撃であった。翌朝、丘全面に日本兵の死体が折り重なっていた。これが、2回目の白兵突撃の結果であった。
この2回の戦果を受け、大本営は丸山政男中将を師団長とする約2万人からなる第二師団を送り込み、しかも大本営から辻政信中佐が作戦参謀として派遣された。前回の指揮官川口少将から、同じ戦術では同じ失敗を繰り返すという進言があった。しかし、昭和17年10月24日夕刻、辻政信によって選択された戦術は白兵突撃であった。日本軍は三度近代装備の米軍に撃滅され、数万人の兵士が戦死した。
なぜ日本陸軍は非効率な白兵突撃戦術を変更・中止できなかったのか。
2 現代企業にみる不条理な行動
この日本陸軍と同じ馬鹿げた行動が、実は「不条理なコンピュータ」で扱われた事例に見いだせる。例えば、日系企業のCIOがIT化を進めるため、ベンダーから派遣されたコンサルタントに従い、ソフトとハードを導入したケース。当初、企業内の情報システム部門がその導入に疑問をもっていたが、意見が無視されたため、批判しなくなった。ところが、実際にシステムを導入してみると、機能に問題があるとともに入力にも時間がかかり、しかも利用各部門でも様々な疑問が発生したため、新システムが以前より非効率であることが判明してきた。コンサルタントも、それに気づいていた。しかし、このプロジェクトは打ち切られることなく、そのまま進行し、結局、失敗した。なぜ中止できなかったのか。
同様に、外資系企業で本国で成功した同じ生産システムを日本でも導入したケース。当時、日本の現地法人は日本的生産方式を展開していたが、本国と同じコンサンルタント会社の助言により本国と同じ生産方式への変更が決定された。これにより販売システムの再構築も必要となり、このシステム担当のSEが現場の調査を行ったところ、新生産システムは非効率であることが判明した。これを現地法人の担当者にも説明したところ、担当者もそのことをすでに知っていた。それにもかかわらず、プロジェクトは変更されることなく進められ、結局、失敗した。なぜ中止できなかったのか。
さらに、行政組織が様々な情報を迅速に市民に伝えるため、交流センターにタッチパネル式の情報端末を導入したケース。当初、機密情報の漏洩を避けるため、インターネット接続を認めず、通信コストの高いダイヤルアップ接続が採用された。しかし、端末が稼動した後、月平均の電話代が高いため、行政のシステム担当者はその非効率性に気づいた。上司もその非効率性に気づいていた。しかし、システムを改善し、リプレースすることなく、電話代を経理操作で目立たないように努力した。なぜ変更できなかったのか。
3 不条理発生のメカニズム
いずれの事例にも共通するのは、現状が明らかに非効率であるにもかかわらず、この状態を中止・変更しえなかった点にある。なぜか。もし人間が完全合理的であれば、人間はコストをかけることなく、容易に非効率な状態を変えることができただろう。
しかし、人間は不完全で限定合理的である。そのため、取引する場合、相手の不備に付け込んで自分に有利になるように互いに駆け引きする。それゆえ、だまされないように互いに取引契約前に相手を調査し、契約後も監視する必要があり、取引には多大な取引上の無駄「取引コスト」が発生する。
この取引コストの存在を考えると、以下のような「不条理」が発生する。すなわち、全体的にみて明らかに現状を変化させたほうが効率的だとしても、変化させるには多くの利害関係者と交渉取引する必要があり、膨大な取引コストが発生するため、個人的には変化しないほうが効率的となる現象である。換言すると、取引コストによって全体効率性と個別効率性にズレが生じ、個々人は全体効率性の達成を諦めて個別効率性を追求してしまう現象である。
このような不条理な現象がガダルカナル戦であり、「不条理なコンピュータ」に登場した様々な事例なのである。
例えば、ガダルカナル戦で日本陸軍が白兵突撃という非効率な戦術に固執したのは、参謀たちにとってこの戦術を変更・放棄した場合、日露戦争以来この戦術に投資してきた巨額の資金が回収できない埋没コストになるとともに、その変更に反発する多くの利害関係者を説得する必要があり、そのために膨大な取引コストが発生する可能性があったからである。
同様に、「不条理なコンピュータ」に登場した日系企業も、導入したシステムの機能をめぐる諸問題を修正しようとすれば、高い交渉開発コストが発生し、合計すれば新規開発よりも高くなるという状況にあった。この場合、たとえ現状が非効率でもこのまま進むことが担当者にとっては合理的となる。
また、外資系企業の事例でも、なぜ本社の命令に従って現地法人が非効率なシステムを導入したのか。現地法人の従業員は、外資系の企業風土では本国の決定に異議を唱えて方針を変えるには、あまりにも交渉取引コストが高いことを知っていた。このコストを考えると、たとえシステム導入が非効率であっても、このまま導入したほうが担当者にとっては効率的なのである。
さらに、行政組織のケースでも、ダイヤルアップ接続からインターネット接続への変更はシステムの基本構成に関わるため、高いコストが発生する。さらに、変更すればシステム導入の失敗が判明し、担当者はその責任を問われることになる。このコストを考えると、たとえ現状が非効率であってもこのまま進行させたほうが担当者にとっては効率的となる。
いずれも限定合理的な世界では取引コストが発生し、そのために全体効率性と個別効率性にズレが生じ、全体効率性を棄てて個別効率性が追求された不条理なケースなのである。それは、無知で馬鹿げた現象ではない。
4 不条理回避のヒント
それでは、不条理に陥らないためにはどうすればよいのか。それは、人間の限定合理性とどのように向き合うかにかかっている。もし組織メンバーが限定合理性を無視し、傲慢にも内外の批判を拒絶する「閉ざされた組織」ならば、そのような組織は固定的となる。それは一見安定しているように思えるが、実は時間とともに組織内部で非効率が増加し、変化する環境との乖離が大きくなり、淘汰の危機にさらされる。この状態から脱出するためには、組織は大変革が求められる。しかし、その大変革コストは余りにも大きいため、逆に非効率な現状をそのまま維持したほうが合理的になるといった不条理に陥ることになる。
まさに、日本陸軍は「閉ざされた組織」であった。日本陸軍は太平洋戦争開始前に、満州とソ連の国境付近で発生したノモンハン事件から学べなかった。第1次世界大戦を経験し、近代兵器を装備したソ連軍に、日露戦争以来の白兵突撃に固執した日本軍は惨敗した。このとき、現場から白兵突撃の非効率性が叫ばれ、より近代的な戦術への移行が嘆願された。しかし、この意見は無視され、白兵突撃戦術は太平洋戦争まで持ち込まれていった。
これに対して、もし組織メンバーが不完全で限定合理的であることを意識し、積極的に内外の批判を受け入れる「開かれた組織」ならば、組織は積極的に内外の批判を受け入れ、絶えず非効率を排除しようとするので、社会的効率性と個別効率性を一致させる方向で絶えず変動することになる。このような組織は変化を繰り返すので、一見、不安定に見えるかもしれない。しかし、内外の批判を受け入れ、絶えず変動しているため、変動コストも低く、不条理に陥ることなく、安定的に環境変化に対応できるのである。
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