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2006年4月24日 (月)

新制度派登場の歴史 NO1

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 従来、経済学者は企業組織にはほとんど関心をもたず、市場の役割だけに注意を払ってきた。もし自由に交換取引できる市場があれば、能力のない人は財を売り、能力のある人は財を買い取るので、市場取引によって能力のある人に財が配分され、財は効率的に利用されることになる。このような効率的資源配分システムとしての市場の役割を厳密に説明してきたのが、《新古典派経済学》である。
 しかし、市場を唯一の効率的資源配分システムとして説明するために、新古典派経済学ではこれまで企業は「完全合理的」に「利潤極大化」する経済人として単純化されてきた。つまり、企業はあたかも組織的広がりをもたない物理学の質点のような存在として仮定されてきたのである。このような新古典派的企業観は、以下のように経営学分野と経済学内部から、それぞれ批判を受けることになった。

2. 企業の行動理論
 まず、経営組織論分野から批判してきたのは、サイモン*である。彼は、著書『経営行動』*において、人間は経済学で仮定されているような完全合理的な経済人ではないとし、何よりも人間の情報収集・処理・伝達能力は限定されており、制約された情報の中で意図的に合理的にしか行動できないということ、つまり人間は《限定合理性》に従っているとした。
 Simon しかも、サイモンは、このような制約された合理性に従う人間には行動に至るまでに多様な意思決定プロセスが存在し、どの意思決定プロセスを通して最終的に行動に至るかは、その人間の満足度・要求水準に依存すると考えた。そして、企業行動や人間行動を理解するためには、まず行動に至るまでの意思決定プロセスを明らかにし、そのプロセスを理解する必要があると主張したのである。
 このような考えのもとに、サイモン、サイアート/マーチ*等によって展開されたのが、《企業の行動理論きぎょうのこうどうりろん》である。彼らによると、新古典派の主張に反して、企業は必ずしも利潤極大化していないとする。というのも、企業組織は、株主、労働者、債権者、流通業者、供給者、顧客等の様々な固有の利害をもつ参加者の連合体とみなされ、株主の利害だけを極大化することは不可能だと考えられたからである。何よりも、これら異なる利害をもつ参加者間に発生するコンフリクトをいかにして解決するのか、その意思決定プロセスを記述することによって、企業行動を理解しようとする研究が企業の行動理論なのである。

3. 所有と支配の分離論
 他方、経済学内部から新古典派的企業観を批判してきたのは、企業の制度的側面に関心をもっていたヴェブレン*を中心とする制度派経済学者たちであった。この制度派経済学の流れから、質点としての新古典派的企業観に対して決定的な批判を行ったのは、バーリ/ミーンズ*であった。
 彼らは、著書『近代株式会社と私有財産』*において現代巨大企業では所有と支配が分離しているので、新古典派に反して現代企業は利潤極大化していないと主張した。彼らによると、現代巨大企業では株式は分散し、いかなる株主も企業を十分支配するだけの株式を所有していないとする。何よりも、企業を支配しているのは株式をもたない専門経営者であり、しかも所有者である株主と支配者である経営者の利害は異なるので、経営者は単なる株主の代理人ではないとした。したがって、現代巨大企業は新古典派経済学が仮定しているような単なる質点ではなく、所有と支配が分離した巨大組織であり、しかも所有者と支配者の利害が異なるために企業は利潤極大化できないとしたのである。

4. 経営者支配の企業理論
 このような事実を積極的に取り入れながら展開された一連の企業の経済理論が、ボーモル*、マリス*、そしてウイリアムソン*などによって展開された《経営者支配の企業理論》である。彼らによると、所有と支配の分離によって自由裁量を勝ち取った経営者は株主の忠実な代理人として利潤極大化するのではなく、何らかの制約のもとに経営者自身が望む固有の目的を追求するものと考えられた。
 例えば、ボーモルは経営者の報酬や名声が売上高に関係していることに注目し、企業は維持に必要な最低限の利潤を制約条件として売上高を極大化しているとする売上高極大化論を展開した。また、マリスは、現代企業が利潤極大化ではなく、物的、人的、知的資源の蓄積に関心をもち、成長率を極大化しているとする企業成長率極大化論を展開した。さらに、ウイリアムソンは現代企業の経営者は裁量可能な利益を極大化するという経営者効用極大化論を展開し、例えば経営者は自らの威信を高めるために大規模なスタッフ組織の上に君臨しようとするとした。これらのモデルは、それぞれ異なっているが、いずれも株主の利益を犠牲にして経営者が《効用極大化》するという点で同じであった。

5. 新制度派経済学
 以上のような経営学と経済学の流れから、人間は限定された情報の中で意図的に合理的にしか行動できないという「制約された合理性」の仮定と人間は効用極大化するという「効用極大化」の仮定を受け継いで登場してきたのが《新制度派経済学》である。
 この新しい企業研究の流れは、主に企業をめぐる組織制度の形成や発生を分析しようとしているために、制度派と呼ばれている。しかも、企業の制度的側面に注目した研究は、過去、ヴェブレン等によって展開されているので、この新しい制度論の動きは新制度派経済学と呼ばれているのである。

 しかも、この新制度派経済学は単一の理論ではなく、コース*やウイリアムソンによって展開された取引コスト理論、ジェンセン/メックリング(M. C. Jensen and W. H. Meckling)やファーマ*によって展開されたエージェンシー理論、そしてアルチャン(A.A.Alchian)やデムゼッツ(H, Demsetz)によって展開された所有権理論などの一連の理論から構成されている。

6. 取引コスト理論
 これらのうち、取引コスト理論は、ウイリアムソンの『市場と企業組織』*で展開されているように、制約された合理性と効用極大化(機会主義)という人間仮定のもとに、企業組織は市場の代替的資源配分システムとみなされる。

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 また、エージェンシー理論では、ジェンセン/メックリングの著名な論文"Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure(1976)"で示されたように、企業は経営者を中心とする複数のエージェンシー関係から構成される契約の束(ネクサス)とみなされる。

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  さらに、デムゼッツの論文"Toward a Theory of Property Rights(1967)"で指摘されたように, 所有権理論では人々が取引しているのは実はモノそれ自体ではなく所有権であることが強調される。例えば、冷蔵庫を購入した場合、その冷却機能の所有権だけを購入しているのであって、金属物質としての特性を購入しているわけではない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  

 以上のような新制度派経済学*しんせいどはけいざいがくは、組織を経済学的に分析しているので、今日、狭い意味で《組織の経済学》とも呼ばれている。もちろん、広義には組織上の様々な制度をゲーム理論*によって説明しようとする研究も広く組織の経済学と呼ばれており、さらにネルソン/ウインター*たちによって展開された企業組織の歴史的発展プロセスを経済学的に説明しようとする進化経済学も今日組織の経済学と呼ばれている。これら広義の組織の経済学研究が、現代企業理論のフロンティアを形成しているのである。

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