いいかげんにしてよ、イノベーション研究者 by ポパー
2000年に入ってから、学会ではイノベーションの研究が盛んである。しかし、この種の研究に対して、私はものすごい偏見をもっていて、いまだに全く関心や意欲がわかない。つまり、私はあきれるほど時代遅れの学者なのだ。
特に、成功的なイノベーションにいたるプロセスの研究、科学的発見の論理、科学的知識発生にいたる論理的なプロセス研究などといった研究テーマをみると、最初から、「馬鹿馬鹿しい、いいかげんにしてほしい」と鼻で笑ってしまう不届きものなのだ。昔、林真理子がアグネスチャンに向かって「いいかげんにしてよ、アグネス」といったタイトルの文章を書いたときの気持ちだ。
しかし、こんな気持ちになる理由がそこにはある。
1いいかげんにしてよ、イノベーション研究者 常識的批判1
そんな理論や論理があったら、みんな成功的なイノベーションを起こしてしまうし、みんなアインシュタインやニュートンになってしまう。そんな馬鹿な・・・・・
2いいかげんにしてよ、イノベーション研究者 論理的批判2
今日、研究されている「イノベーションにいたる論理的・理論的プロセス」は、100%成功的なイノベーションにいたるプロセス研究なのか、99%成功的なイノベーションにいたるプロセスなのか、98.999%成功的なイノベーションなのか。・・・・・・・・・・・つまり、目指すべきイノベーションの状態は数学的に無限に想定可能であり、そこにいたるプロセスも無限に存在するはずだ。だとすれば、そのようなプロセスを研究することは、馬鹿げたことだ。無限にあるイノベーションプロセスをひとつひとつ研究し、記述することは、そのプロセスが「偶然だった」ということと同じなのだ。だから、このような研究をしている人はいったい何を研究しているのだろうか???神様か、インチキコンサルか。
3いいかげんにしてよ、イノベーション研究者 3 科学哲学的批判
現在、真理の定義は二つ。一つは、無矛盾性=数学・論理学の真理、もう一つは言明と実在との一致=経験科学の真理である。
もしイノベーションにいたる真なるプロセスがあるとすれば、(a)それは論理学的に真なるプロセスか、(b)経験科学的に真なるプロセスか。(a)そのような真の論理、数学の定理、論理学の定理が発見されたという話題は聞いたことがない。(b)の場合、そのプロセスが経験と一致し、真であることを説明するために、さらに言明が必要となる。しかし、ここで終わらない。その証明に使ったその言明が真であることを証明するために、さらに言明が必要となり、無限に後退するだけで、真理は確定できない。
結論、イノベーションにいたる真なるプロセスなど存在しないのだ。たとえ存在しても、それを真として証明できないのだ。もっと気楽に、イノベーションが起ったら、ラッキーなのだ。
もし学会で上記のような研究発表される方がおられたら、いつかこのような質問をしますので、どうかよろしくお願いします。
K.R.ポパーより
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