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2006年2月 2日 (木)

私の先生

 私が、昨年、第1回経営学史学会賞を受賞したとき、何が嬉しかったかといえば、これで天国にいる私の先生(慶応義塾大学教授 故小島三郎先生)に喜んでもらえると思ったからだ。

 私の先生は、経営学説史の専門家であり、K.R.ポパーの科学哲学に基づいて経営学の科学性を日本ではじめて問うた学者であった。役に立つことばかり追求している現在の経営学は科学ではないのではないか。そういった厳しい問題を経営学会に投げ掛け、経営学会は揺れた。

 そんな先生は、経営学ではなく、哲学がやりたくてゼミにきましたという生意気な私を受け入れ、暖かく見守ってくれた。しかし、その先生も、私が博士課程の2年のときに癌で死んだ。まだ、私が学者としてデビューする前だったので、多くの経営学者は小島先生にまだ弟子がいることに誰も気づかなかった。その後、一匹狼的に活動していた私のことを不思議に思う人も多かっただろう。

 こうした状態にあったため、私の学会での受賞の言葉は、「私は小島先生の最後の弟子だ」と宣言することだった。快感だった。慶応出身で小島先生を知る長老の先生は、こんな私をみて涙してくれた。

 こんな私が敬愛してやまない小島先生とはいったいどんな先生だったのか。小島先生がなくなられ、私の将来を最も心配し、アカノ他人の私に愛情を注いでくれた小島ゼミ1期生の国学院大学教授 海野潔先生のみごとな弔辞の一部を紹介したい。

「 先生は、お若く、お元気であられました頃は、私達と一緒によくお酒をお飲みになられました。ご健康を損ねられましてからは、お酒もタバコもお止めになられましたので、若い門下生の中には知らない方もいると思いますが、酒席では、先生はよく歌を唱って下さったのです。

 先生は「僕はあの”山男”という歌は嫌いだ。男としてあんな無責任な歌はない。僕が一番好きなのは”仕事の歌”だ」とおっしゃられ、いつも”仕事の歌”を唱われました。”仕事の歌”と申しますのは、ご存知の方もおられることと思いますが、それは例の「楽しい歌、悲しい歌、沢山聞いた中で、忘れられぬ一つの歌、それは仕事の歌、忘れられぬ一つの歌、それは仕事の歌」という歌詞のロシア民謡であります。

 その歌を先生が愛唱されたましたのは、きっと次の一節「死んだ親が、後に残す宝物は何ぞ、力強く、男らしい、それは仕事の歌、力強く、男らしい、それは仕事の歌」がお好きだったからに違いありません。

 先生はこうもおっしゃられたことがあります。「僕はどっちに決めたらいいのかわからない時には、どっちが男らしいかを基準にして決めるんだよ」と。つまり、”男らしさ”は先生の男としての美学であり、行動規範だったのです。”男らしい””男らしく生きる”ということ、それは正に男としての、また人間としての”正義”であり、”責任倫理”にほかなりません」

 このような先生に会えたことを、私は感謝したい。

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