ケース・スタディをめぐる疑問
ビジネス・スクールやアカウンティング・スクールをめぐる誤解の一つとして、ケース・スタディをめぐる誤解がある。
「米国流のビジネス・スクールといえば、ケース・スタディ」と思う人は多いだろう。しかし、米国でケース・スタディを売りにして成功しているビジネス・スクールは、実質的にはハーバード大学のビジネス・スクールだけではないだろうか。
確かに、米国のどこのビジネス・スクールでもケース・スタディはなされているが、それがメインではないように思う。ケース・スタディはハーバードのようなトップ・マネジメント教育やゼネラル・マネジメント教育にはいいが、その他の分野ではどうだろうか。
経済学、ファイナス、会計を重視するシカゴ大学のビジネス・スクールは、議論を引き出すケース・スタディではなく、全く逆に講義中心でアカデッミクだといわれている。そして、その他のビジネス・スクールでも、ファイナスを重視する大学は、それほどケース・スタディを重視しているわけではない。
そもそも全米トップ20に入るようなビジネス・スクールは学生数が非常に多く、私がいったニューヨーク大学スターン・スクールなども人気の教授の講義などはほとんど大教室(階段教室)になる。そのような状態で学生と議論するケース・スタディなどは、物理的に難しいし、あまり効果的とは思わない。
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もう一つ、ケース・スタディは、ただ一つの会社の事例を扱えばよいというものではない。そんなことをやってしまうと、社会人学生はかんかんになって怒ってしまう。「あたりまえの事例をだして何の意味があるのか」「そんなことを学びにここにきたわけではない」とお叱りを受けることになる。
その通り、そんなことは、習わなくても自分でも認識し、分析できるのだ。意義のあるケース、意味のある事例は、常識を覆すような、あるいは既存の理論に反するような反証事例、アノマリー(変則事例)なのだ。
米国のビジネス・スクールで学生が拍手をおくるのは、自分たちの予測を超えた結末、経営の常識を超えた展開、ほとんどの学生が途中までしかついていけなかったケース、既存の理論では説明できないケースなのだ。
このようなケースを作り出すことも、探すことも非常に難しい。しかし、このようなケースは、何百の当たり前のケースをこなすよりもはるかに意味があるのだ。
このようなことを、学生よりもこれからビジネス・スクールの教員として生きる人のほうが認識する必要があるだろう。
幸運にも、私はこのような苦しい世界から足を洗い、アカデミックな世界に入ることになった。
ラッキー!!!!!!!
これからは、デカンショ、デカンショ(若い人は、この意味わかるだろうか?)
答え
デ=デカル●
カン=カン●
ショ=ショーペンハウ●●
























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