2009年12月18日 (金)

慶応MCCでのアゴラ講座の終了

 昨日で、慶応MCCのアゴラ講座が終了した。長いようで、短い期間だった。しかし、とても充実した内容だったように思える。

 また、参加されたメンバーのレベルが高く、その点も良かった。みなさん、しっかりとした意識で参加されており、何かそういった組織文化が形成されていったように思えた。

 お呼びしたゲストもよかった。ハイエクの中山先生はとても明快な説明でよかった。また、田口先生の中国思想もよかった。独特の雰囲気で説明された。そして、本日の由井先生の講演も博識で良かった。

 多種多様の内容で、バラバラにも思えたが、なんとなくまとまっていたようにも思う。まさに、アゴラの狙い通り、哲学、歴史、思想といった教養とビジネスの接点が生まれたようにも思う。

 私にとっても大変貴重な体験となった。

 これで年内の仕事は、書評原稿の提出と学会の会報の発送だけとなった。来年は、北海学園大学で「NPMと新制度派経済学」というテーマで講演を行う。

 さらに、来年はドラッカーについて書く予定である。ドラッカーは、学会では民間受けするような少し軽い経営t系な議論をする人とみなされ、いまの若い学者にはそれほど人気はない。これに対して、実務界では役に立つマネジメントを作った人として人気がる。

 しかし、私はドラッカーはいずれも反対だと思う。

 ドラッカーは、若い学者が思っている以上にアカデミックであり、実務家が思っているほど、いわゆる役に立つあるいは儲かる経営論を展開していないのだ。

 ドラッカー論についてはまた別の機会に

 

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2009年12月17日 (木)

日本企業の奇妙な就職慣行

 一時、マスコミなどを通して、転職ブームだといわれていた時期があった。このブームに乗って、勢いで会社を辞めた人もいるだろう。しかし、日本はいまだに転職が盛んな国ではない。もちろん、中小企業の転職率は高いかもしれないが、大企業に関しては転職率は低い。

 だから、大学生はだまされてはいけないのだ。日本ではいまだ転職は難しいのだ。それは、大学生が就職活動をして初めてわかるのだ。

 もし満足いく就職活動ができなかったら、日本では大学を卒業してはならないのだ。というのも、卒業してしまうと、もう新卒採用ではなくなるのだ。卒業をしてしまうと、日本では中途採用となるのだ。そして、中途採用をしている大企業は非常にすくないのだ。

 したがって、もし満足のいく会社に行けない場合には、日本ではあくまでも留年すべきであって、卒業すると、中途採用になってしまい、選択の幅が狭くなるのだ。

 このことを学生は十分理解しているので、最近、大学では意図的な留年が流行っているのだ。このようなばかげた現象がなぜ起こるか。

 答えは、簡単だ。日本では、中途採用は流行っていない。つまり、転職など流行っていないし、まったく一般的ではないということだ。

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2009年12月16日 (水)

慶応MCC「アゴラ」資本主義と自由最後

 今度の木曜日で慶応MCC「アゴラ」資本主義と自由も最後となる。今回は最終回にふさわしい経営史学会の重鎮である由井先生にご登壇していただく。

 由井先生には渋沢と福沢のビジネス観についてお話していただく。非常に楽しみだ。この二人の思想こそが、日本のビジネス界の源流なのだ。

 彼らの考えるビジネスは単なる利益追求だけではなかったことが明らかにされるだろう。モラルハザード資本主義といいうる現代、改めて日本の資本主義の原点に立ち返ってみたいものだ。

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2009年12月15日 (火)

不条理な事例

 今年は、日吉の応用経営学で、取引コスト理論について説明し、「不条理の事例について書きないさい」という課題を与えた。まだ、採点中だが、今年の2年生の回答は非常にユニーク回答が多い。しかし、不条理にとらわれて、講義の内容とはまったく関係のない不条理を書いている学生も多くいた。これは、減点となる。

不条理の事例:

コンビニでは、缶ジュースは120円である。スーパーでは100円で販売されている。しかし、大抵、スーパーは便利な所にはない。それゆえ、多くの人々はわざわざスーパーまでいって缶ジュースを買わないだろう。その方がコストがかかるからである。こうして、われわれは不条理にも20円も高い120円のシュースを合理的に購入している。

不条理の事例:

ある受験生は、最初は一橋大学を第一志望とし、第二志望を早稲田としていた。しかし、成績が伸びないので、受験科目の多い一橋大学をあきらめて、科目数の少ない早稲田に集中しようかと考えた。しかし、このとき、これまで一橋大学を目指して頑張った努力が埋没コストになる。そこで、結局、変更しなかった。しかし、結局、両方とも落ちて、いまは関係ない大学に行っている。

不条理の事例:

中京女子大は受験生が減少したために、女子大をやめて、男女共学にした。それにもかかわらず、名前は中京女子大のままだった。なぜか。そこには、レスリングのオリンピック選手がたくさんいて、中京女子大という名前がすでに知られており、変化するコストは高かったからである。

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2009年12月14日 (月)

ドグマ的反証主義について(科学哲学講座)

 拙著『戦略の不条理』、『組織は合理的に失敗する』、『戦略学』で、K・R・ポパーのことを紹介しているので、ほんのわずかな影響だが、ポパーに関心をももつ人もでてきた。

 菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)菊澤 研宗: 戦略学―立体的戦略の原理

しかし、ポパー、そして科学の哲学は注意深く接近する必要がある。重箱のすみを突っつくような議論が多いからだ。

 まず、もっとも重要なのは、経験科学的な真理の定義から始まる。ポパーは、タルスキーによる定義に依存している。

●真理=言明と実在が一致したとき、その言明は真理である。

 これが経験科学者が意識すべき真理だという。しかし、このような真なる言明をわれわれは人間は獲得できない。だから、経験科学の目的は真理の獲得ではないということになる。なぜか。

●証明

ある言明を真理だというためには、その言明が実在と一致したことを証明する必要がある。そして、その証明には言明が必要となり、当然、その言明の真理も確定する必要がある。しかし、その言明の真理性を確定するにはまた言明が必要となり、この正当化のプロセスは無限に後退してゆくだけとなる。したがって、論理的に言明の真理を確定できないのだ。最後は、ドグマ的か、暴力か、・・・・かとなる。

ここから、科学の目的を真理の獲得だとすることはできない、とうのがポパーの考えである。

●ドグマ的正当化主義、ドグマ的反証主義

 以上のことを理解すると、自分が見つけた事実だけが硬い真理だとして、自分の理論を正当化することはできないのだ。それは、ドグマ的正当化主義者であり、そんな硬い事実はないのだ。それはいまのところ、問題がないだけという程度で、それが真理である保証は一つもない。それにもかかわらず、逆にその事実を真理だとして、他の理論を反証しようとするのは、ドグマ的反証主義者であり、ポパーもその弟子(後に敵)ラカトシュもそれは自分たちの立場と異なることを強調する。

●方法論的反証主義、素朴な反証主義

 彼らは、どんな歴史的事実や観察データーも真理ではなく、いまのところ問題がないという程度で受け入れ、もし問題があれはいつでもそれを修正するという形で、批判的な議論を行い、真理の獲得ではなく、少しでも真理に接近しようという立場なのである。彼は、自分たちを方法論的反証主義者、あるいは素朴な反証主義者という。

●洗練された反証主義

では、洗練された反証主義というもはあるのか。あるのだ。これはラカトシュが提案しのだが、理論のない観察などないというのが理論負荷性のテーゼだ。このテーゼが正しいならば、独立した観察などないのだ。必ずその観察言明の背後には別の理論があるのだ。したがって、理論と反証事例という対立は実は、理論と理論の対決なのだという立場である。

いずれにせ、われわれ人間は真理など獲得できないのだ。正確にいえば、獲得しているかもしれないが、そのことを証明できないのだ。したがって、固い真なる事実やデータなどを振り回してはいけないのだ。科学の目的は真理の獲得だとすると、勘違いした傲慢なドグマ的人間がでてくるので、ポパーは批判的議論を通して真理へ接近することが科学の目的だとしたのだ。

●科学の目的=真理への接近

ポパーについて理解できたでしょうか?以上、本日の科学哲学講座はこれで終わり。あ~疲れる議論だ。こういう議論は若いときにしておくべきだ。

ところで、Fugimotoさんは以上の文章の意味と意図はわかりますよね。

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2009年12月13日 (日)

ダイヤモンド社『歴学』でウェーバーを

 さて、ダイヤモンド社の 歴学 (週刊ダイヤモンド別冊2010年1月号)にヴェーバーのプロ倫について書きました。関心のある人はお店で立ち読みか、購入してください。

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http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B002YYPLMC/kikuzawakensh-22

: 週刊ダイヤモンド別冊 歴学(レキガク) 2010年 1/11号 [雑誌]

週刊ダイヤモンド別冊 2010年1月号

歴学(レキガク)

〈column_4〉『坂の上の雲』で描かれる明治人の“気質” 本木雅弘

〈column_5〉太平洋戦争の日本軍から学ぶ本五冊 秦郁彦

〈column_6〉鉄道を敷いた大実業家

column_7〉いま改めて──資本主義はどこに行くのか 菊澤研宗

〈column_8〉大坂商人の学校 懐徳堂 百瀬明治

歴史が学べるコミック一〇 坪井賢一

マンガ喫茶店長のオススメ歴史系 石川まきえ

〈くらたまの歴史人物萌え〉そこに欲望と美学はあるか 倉田真由美

〈奇襲成功の要因〉源義経と織田信長 海上知明

〈column_9〉真田昌幸が築いた上田城 濱口和久

〈オバマ政権側近による国際情勢分析〉リンカーンの叡智 ロバート・D・ホーマッツ

〈外交でしのぐ、情報で勝つ〉ビスマルクの戦争術 加藤千幸

〈column_10〉リーダーシップ論古典五選 バーバラ・ケラーマン

〈column_11〉世界史の降霊術 山下範久

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坂の上の雲 第3回

 坂の上の雲第2回の視聴率は19.6%。微妙な数字。裏のTBSの番組も強い。

 さて、本日第3話、ついに近代日本が戦争への道に向かって行く。秋山兄弟も着々と陸海軍で出世して行く。兄好古はフランスから帰り、日本陸軍のさらなる強化の必要性を痛感しただろう。

 真之も中国清の立派な軍艦をみて、驚いただろう。しかし、東郷はその物質的凄さより、その軍艦を動かしている裏方の中国人たちのモチベーションの低さをみて、「結局、人だ」と真之に告げたのは印象的だった。

 戦争を避けたい日本も、やがて戦争を回避できない方向へと進んでゆくことになる。次回は、日清戦争だ。そして、三国干渉。日本はロシアにいじめられて、そして日露戦争へと進んでゆく。今年は、日清戦争までかもしれない。

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 さて、私の印象では、どうも思ったほど日本全体は「坂の上の雲」には関心がないように思える。いろんな本が事前にでていたが、実際にはそれほど盛り上がっていないようにも思う。みんな本を本でしまっているのかもしれない。

 しかし、このような現象はある意味で、非常に健全だ。日本人が一つの方向に向くのはむしろ危険だ。TBSの裏番組にも人気があるのは、とても健全な状態であり、成熟した感じだ。

 しかし、それでもなおマスコミや出版社の影響は強いと思う。マスコミによって、多くの人々は影響され、だまされる可能性があることを、ときどき垣間見るときがある。読者はわかっていないんだなあ~ということはよくあるのだ。

 さて、次回の坂の上の雲を楽しみにしたい。

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2009年12月 9日 (水)

明日のアゴラで「論語」

 慶応MCCのアゴラでの講座も明日で第5回目となる。今度は中国思想、とくに論語の専門家をお呼びして講義をしてもらう。

 前回は、ハイエクについて専門家にお話しをしてもらったが、個人的には本当に面白かった。私の頭の中では、カント、ヴェーバー、そしてハイエクが結びついた。そして、さらにドラッカーまで結びついてきた。

 この関係に、さらに「論語」の孔子も結びつきそうだ。

 思想というものはおもしろい。結局、突き詰めると、言葉や表現は異なるものの、本質は似ているようにも思う。そして、最後の第6回は、福沢諭吉と渋沢栄一のビジネス思想となる。

 また、この講座に参加されている社会人のメンバーのレベルは本当に高いので、私自身勉強になる。

慶応MCC

http://www.sekigaku-agora.net/

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2009年12月 8日 (火)

CGSキュービック・グランド・ストラテジーの使い方

 拙著『戦略学』ダイヤモンド社2008年、『戦略の不条理』光文社新書2009年で展開しているCGS(キュービック・グランド・ストラテジー)について、以下の点を注意してください。

CGSは以下の三つの世界を対象として展開される戦略です。

(1)物理的世界=資産やお金の増減

(2)心理的世界=心理的コスト・ベネフィット

(3)知性的世界=取引コストの増減

それぞれの世界への戦略的アプローチは、実は物理的な手段か、知性的手段の二つしかありません。つまり、心理それ自体を手段にはできません。心理的世界は主観的世界であり、あくまでアプローチされる対象です。

したがって、CGSは、物理的世界と知性的世界を利用して、物理的世界と心理的世界と知性的世界へアプローチする戦略となります。

昨日、竹内君が報告したように、明治維新で官軍が旧幕藩軍と戦ったときに利用した「錦の御旗」は、旗それ自体は物理的物体で、さらに権威という知性的世界の存在が付随し、そのことを官軍が心理的に理解した上で、それを用いて敵の心理的世界や知性的世界を攻め立てた戦略だった、ということです。

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2009年12月 7日 (月)

坂の上の雲 第2回

 坂の上の雲のだ2回目が放送された。今回も良かった。とくに、兄の秋山古好が松山藩の関係で、ドイツではなくフランスに留学させられる場面が良かった。

 確かに、当時の陸軍はドイツ人メッケルの指導のもと、プロイセン式が中心であり、日本陸軍が目指す方向はフランスではなかった。

 こうした状況で、フランス留学となったから、さぞ辛かったと思う。

 しかし、私も遊びにフランスに行ったことがあるが、おそらくフランスに到着した古好は、憂鬱な気分は吹き飛んだろう。

 フランスは良いのだ。全然いいのだ。ドイツよりも、何かかっこいいのだ。パリの街も素敵だ。フランス人のなんとなく気取っているところろがいいのだ。そして、お洒落だ。

 歴史的に日本国にとって古好のフランス留学は正解であるとともに、彼自身も楽しめたのではないかと思う。

 シェルブールの雨傘(フランス映画の最高傑作のひとつ)センスがいい!

 彼氏が徴兵で戦争へいことがわかり、二人は悲しみの中へ、駅での別れのシーン、

(カトリーヌ・ドヌーブの美しいこと!)

 http://www.youtube.com/watch?v=tItw14rT1Tg&feature=related

 さて、今回の視聴率はいかに!

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2009年12月 6日 (日)

民主党の不条理

 民主党政権をめぐって不条理が発生する可能性がある。その原因は取引コストだ。

 いま目的とする二つの状態をS1(社会にとってより好ましい状態)とS2(社会にとって好ましくない状態)とする。それぞれの状態にいたるには、それぞれの利害関係者と交渉取引する必要があり、それゆえそれぞれ取引コストTC1とTC2が発生する。

 現在の民主党政権は、社会的により好ましい状態S1を達成する場合、国民新党や社民ととの取引コストTC1があまりにも高いので、もしかしたら社会的に好ましくないS2を選択するという不条理に落ちいるのではないか、という不安な状況だ。(もちろん、どちらが社会的に好ましい状態かわからないが・・・)

 民主党政権にとって取引コストTC2が低い方を選んで、社会的に好ましくない状態S2へ進むのかもしれない。

 拙著『組織の不条理』ダイヤモンド社

菊澤研宗: 組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか

拙著『組織は合理的に失敗する』日経ビジネス人文庫

菊澤 研宗: 組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)

こうして日本軍は非効率的戦術を選択し、

こうして日本は戦争を選んだのだのかもしれないということを説明しているのだ。

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2009年12月 4日 (金)

取引コスト、心理的コスト、物理的コストの関係

 拙著『戦略の不条理』では、ポパーの多元論的世界観にもとづいて議論を展開している。いま、三つの世界に対応するコストについて考えてみよう。

菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

(世界1)物理的世界=物的金銭的資産の増減、会計的損益

(世界2)心理的世界=心理的なコスト・ベネフィット

(世界3)知性的世界=取引コスト

ここで、世界1,2,3には階層があることに注意する必要がある。世界3が最も高次で、世界1が低次の世界である。つまり、世界3が存在しているときには、すでに世界2と世界1は存在しているのである。逆にいえば、世界1があるからといって世界2や世界3が存在しているとはかぎらないのだ。

この階層性を理解すると、われわれ人間が、なぜ「取引コストの増減」を気にするのかが理解できる。つまり、世界3の住民である取引コストの変化は世界3の変化にとどまらないからだ。つまり、取引コストの変化はより低次の世界2の心理的なコスト・べンフィットに影響し、さらに低次の世界1の会計上の損益にも影響するのだ。

しかし、世界1の会計上の損益は必ずしもより高次の世界2の心理的コストベネフィットに影響する保証はないし、さらに高次の世界3の取引コストに影響する保証もないのだ。

以上のことから、より高次の世界の取引コストの変化は、われわれ人間にとっては非常に負担の大きなことだといえる。それは、より低次の世界2と世界1の変化を起こす可能性があるのだ。

●取引コスト↑→心理コスト↑→物的金銭的コスト↑(必然)

●心理的コスト↑→物的金銭的コスト↑(必然)

×物的金銭的コスト↑・・・・×・・・・・心理的コスト?(必ずしも必然的ではない。可能だが)

×心理的コスト↑・・・・・×・・・・・・・取引コスト?(必ずしも必然的ではない。可能だが)

●小林秀雄風にいえば、

モーツアルトの音楽自体に悲しい旋律がある(世界3)

           ↓

心理的な悲しみがあったのでは?(世界2)

           ↓

悲しい物理的出来事があったのでは?(世界3)

× 以下は必ずしもない。

 心理的な悲しみがあった(世界2)

          ↓

悲しい音楽が生まれた(世界3)場合もあるし、

生まれずに終わった場合もある(世界2で終わり)

以上のことを科学哲学的にいえば、

科学的知識発見の論理はないということです。創造的知識発見にいたる論理(ロジック)はない。何でもいい。偶然でもいい。ひらめきでもいい。ということです。         

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2009年12月 2日 (水)

東洋経済オンラインで『戦略の不条理』の書評

先日は、拙著『戦略の不条理』についての書評が、日経BPネット「キャリワカ」にでた。

『戦略の不条理』光文社新書

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20091109/194149/

これに続き、本日、『戦略の不条理』の書評が「東洋経済オンライン」でもでた。

『戦略の不条理』光文社新書

http://www.toyokeizai.net/life/review/detail/AC/4952f7099e6cd0d6908af67d4ccd444e/

 菊澤研宗: 戦略の不条理 なぜ合理的な行動は失敗するのか (光文社新書 426)

どうも「週刊東洋経済」に書評が載っていたのかもしれない。

http://www.excite.co.jp/News/magazine/MAG12/20091124/318/

こういった書評がでると、素直にうれしいものだ。一般に、書評は有名人の知り合いがいないと難しいものだ。私にはそのような知り合いがいないので、書評がでると、純粋にうれしい。なんとなく、本当に、評価されたようで・・・

しかし、のんびりしていられない。他の人の書評を依頼され、いまその期限に追われている状態だ。その他にも、今月中の小さい仕事がたくさんあり、必死に原稿を書いている状況だ。

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奇妙な学者の世界

 時々、学者の世界では奇妙な風景を見る。もしかしたら、実務界も同じかもしれない。

 研究発表会があると、業績が何にもない人に限って、はりきってとんでもない質問をしてこきおろそうとする。優秀な人々は、そのような光景をみて「あんたに言われたくないよ」と内心思っている。「その前にやることがあるだろう」と。まったく、不思議な光景だ。

 また、論文をまったく投稿したこともない人たちが、アカデミックな雑誌を牛耳ったりもする。その前に、自分で投稿して手本となる論文を書いてほしいものだと思うこともある。

 結局、こういった現象は風通しの悪い組織に起こるのだ。外との相互作用がない集団や組織では、こういった現象が起こる。

 まあ、世の中不条理だ。

 しかし、時代は少しずつ変化している。若い学者たちも、こうならないように頑張ってほしい。といっている私もだめな学者の一人で、知らないうちにみんなの邪魔をしているのかもしれない。

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2009年11月30日 (月)

坂の上の雲の視聴率

 昨日の「坂の上の雲」と裏の「内藤VS亀田」の視聴率がでた。

「坂の上の雲」17.7%

「内藤VS亀田」43%

 個人的には驚いた。私の予想では、「坂の上の雲」を録画して、リアルには「内藤VS亀田」を見る人は多いとは思ったが、これほど差がでるとは思わなかった。

 NHKがあれだけ宣伝してきたのに?この数字は何か現代を反映しているのだろうか?やはり、いまは何か短期集中的に爆発爆したい人が多いのだろうか?あるいは、意外と「坂の上の雲」は現代の人々に知られていないのだろうか?

 不思議な数字だ。

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